今年もはや、半年が経とうとしている。刻一刻と季節は移ろい、私も年を重ねていく。今日も普段通りに仕事をこなしていく。毎朝4時に起床し、朝の2時間ほどは自由時間を過ごす。朝の散歩と読書は欠かせない。忙しない毎日の小さな幸福だ。幸福は存在、成功は数量。朝の習慣を終えると朝食と身支度だ。最近のお気に入りははちみつヨーグルトだ。自家製でも何でもないが、スーパーのヨーグルトと蜂蜜を毎日食べる。あっさりとしているが、蜂蜜によってエネルギーを多めにとることができる。ここまでの行動をもう7年も続けている。大学を卒業し、多少の暗黒時代を経験し、故郷へと戻った。夢破れて山河ありといったところだろうか。遅れすぎた就職活動を開始した。待て、遅れすぎるとはどういうことだろうか。新卒のカードを失ったということだろうか。新卒採用が叶わなかったからだろうか。何にせよ、失敗のない人生を完遂することに失敗したということだろう。故郷の町は人口がどんどんと減少している。人手不足の会社は多く存在している。つまり、職を得るということにつけては、何とかなりそうという気持ちがあった。大卒の効力だろうか。しかし、一度レールから外れた人生を経験するとコンプレックスが生まれるという。実際、少なからずそのような気持ちはあっただろう。友人は皆、何らかの職に就いて金銭を得ている。私もその仲間に入らなければという焦燥感があった。これも古代から続く帰属意識なのだろうか。人類繁栄の遺伝子が私にも受け継がれている。そして、就職活動と同時進行で、故郷の町をふらつき始めた。当てどもなく歩いていくという快楽がここまで面白いとは思わなかった。何も成し遂げてはいないが、何かを手に入れた感覚が生まれてくる。妄想が私を楽園へと誘っていく。逍遥は多くの発見を生み出すはずだ。カフェに入って一度休憩しよう。無職だが、紅茶をすするくらいは持ち合わせがある。クラシックな雰囲気の店内。店の角のテーブルに座る。紅茶だけでは味気がないということもあり、バタークッキーも注文した。平日ということもあり、客は私を含めて2人。午前の日差しが部屋に差し込んでくる。天気快晴なれど客少なし。店内には中年の女性店員と、おそらく50代くらいの紳士風の男性がいた。紳士風という印象であって、必ずしも紳士とは限らない。私の初見での印象。それだけで人間を判断するのは早計だ。しかし、第一印象はなかなかに重要だ。カウンターに腰掛けた紳士おじは、店員と雑談を始める。どうやら、常連のようだ。注文を取ることもなく、準備を始めた。仕事の休憩時間を喫茶店で過ごすようだ。どうやら繁忙期のようで、人手不足に悩んでいるらしい。この世界では、どこも人手不足なのだろうか。しかし、ここに無職の人間がいる。雇用を待ち焦がれているわけではないが、そろそろ職にありつくのも悪くないと思っている。どの面下げてと言いたいかもしれないが、最近の世の中では労働者優位のようだ。外国人の雇用を拡大する国策が進んでいるようだからな。なになに、慌てることはない。じっくりと腰を据えてやってみるさ。幸運なことに、前職の間に蓄えた貯金がまだ残っている。この額であれば、節約すれば三年は持ち堪えられる。前職はかなり労働時間があり、自由時間も少なかった。少しばかりの寄り道は許されるはずだ。貯蓄とキャリアに集中しすぎて、遊びの時間が0では悲しい。思い出作りにも時間とお金を割いていきたい。人生を振り返ったときに、必要なのは思い出だ。思い出にも投資をしていきたい。