半隠遁生活者の手記
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手記公開について
この手記を公開することに、私は長く迷い続けた。
それは、かつてソクラテスが語ったように「語られぬ知恵こそ、真の知恵である」とする慎みの哲学に背く行為のように思えたからだ。
歴史を振り返れば、多くの賢者が“記録”という行為に慎重だった。
老子は、西へ去る前にわずか五千語の道徳経を残したのみで、後世にすべてを託した。
モンテーニュは、自らの塔の書斎に籠もり、人生の断章を綴った。
そのほとんどが、他人に見せるためのものではなかったと伝えられている。
だが、時に“書かれるべきもの”は、書き手の意図を超えて存在する。
この手記もまた、そうした運命にあると感じたのだ。
故人の遺書にはこう記されていた。
「私物は処分してかまわない。ただし、それが誰かの生活の利益となるのであれば、公開しても差し支えない」
この言葉に従い、多くの私物は火にくべられ、あるいは風に散った。
だが、この手記だけは、知人である捜査関係者の手により密かに保管されていた。
慎重な検討の末、私はその人物の許可を得て、この書を世に出すことに決めた。
書き手は“半隠遁者”とだけ呼ばれる人物。
社会の片隅で、静かに思索を続けていたその人物が、何を感じ、何を手放し、何を残したのか。
この記録には、その断章が綴られている。
誰かにとっては奇妙な呟きにすぎないかもしれない。
しかし、孤独のただ中にいる誰かにとって、この手記は一筋の光となるだろう。
歴史がそうであったように、無名の断片が、時に人の生き方を変えることがあるのだから。
――フリージャーナリスト 蒲生
半隠遁者生活者の手記
半隠遁生活とは
半隠遁生活とは何か。
それは、世間的な付き合いを減らし、自分の時間を確保し、自らの活動に没頭することである。世間的な付き合いとは、主に仕事、人間関係のことを指す。そして、自分の時間とはすなわち自由時間であり、その自由を何に使うか――この「自らの活動」は、人によって千差万別である。
趣味、学問、創作、家族との時間、あるいは孤独の中での思索。それは他人が定義できるものではなく、自身の内面から導き出す以外にない。ここは主観で判断されるべき領域であり、半隠遁生活を営みながら、試行錯誤と修正を繰り返していくことが望ましい。
完全な隠遁生活を目指した時期もあった。だがそれは、社会的な人間関係をほぼ断ち切ることになり、私には継続が困難であった。そこで見つけたのが、中途半端であっても効果のある「半隠遁生活」である。仙人になれなくても、半分だけ世間との関わりを減らすことで、驚くほど自由な時間が増える。
人付き合いを半減させると、逆説的にその残された人付き合いの時間は、より意味あるものへと変化する。質が上がるのだ。これは、自己の内面に耳を澄ませる時間が増えるからである。
私たちは、自分の理想とする半隠遁生活を夢想し、実践していくべきである。まさにそれは、自身の「楽園」を作り上げる行為に他ならない。
フランツ・カフカの『城』が描く不条理な権力の迷宮、カール・マルクスの遺稿に滲む孤独な探究心、そしてドストエフスキーの『地下室の手記』に宿る屈折した内省の叫び――それらに共通するのは、「社会から距離を取った人間の視点」である。
半隠遁生活とは、まさにこのような視座に近い。社会の中にいながら、その重力に巻き込まれずに観察するという姿勢。静かな抵抗であり、孤独な自由の実験でもある。
価値観を見直すという第一歩
人生を解剖していくと、多くの時間を費やしている要素が見つかる。仕事、趣味、人間関係(家族、友人、恋人、パートナー)、健康、お金、結婚、子育て、夢。人間の悩みが発生しやすい事柄。
──それらを見つけたところで、私はどうすればよかったのだろうか。
半隠遁生活では、これらを深掘りし、自分にとって、どのくらい重要で、どれを縮小するのかを考える必要がある。
しかし、私はその“重要”の基準すら、もうよくわからなくなっていた。誰の価値観を生きていたのか。どこまでが私で、どこからが“世間”なのか。
内省の時間。半隠遁生活では、内省の時間が多くなる。
それは言い換えれば、逃げ場のない対話のことだ。
孤独時間が増えると、どうしても思索に費やすことになる。何も考えずにいられるほど、私は器用ではなかった。
そして思索は、必ず私を不安と倦怠に連れていく。
孤独のご利益。一に内省、二に内省、三四内省、五に内省。
──笑ってしまう。内省に始まり内省に終わるのが、孤独というものならば、果たしてそれは祝福か、それとも呪いか。
独自の半隠遁生活を構築する。楽園を作り上げる。
そう言葉にすれば、どこか崇高な試みのようにも聞こえるが、実際のところ、それは社会からこぼれ落ちた人間が、自分に言い聞かせるための方便なのかもしれない。
いや、楽園なんてものは初めからなかったのだ。誰かに提示された幸福の形に、無理に自分を押し込んできただけだった。その不一致が、ただ静かに、けれど着実に、私を疲弊させていった。
──それでも私は、半隠遁を選んだ。
選んだというより、そうするしかなかった。
完全な隠遁生活だと、人間関係が完全に切れてしまうため、私は継続できなかった。
私はそれほど強くもなく、またそれほど狂ってもいなかったのだろう。
中途半端な隠遁生活で、半隠遁生活だ。仙人になれなくとも、半分で意外と自由な時間は増える。
その“自由”すら、当初は得体の知れない空白だった。自由とは、孤独の言い換えにすぎないことを、そのとき私はまだ知らなかった。
人付き合いを半減させると、人付き合いの時間が面白くなる。
それは皮肉だった。距離を取って初めて、人の表情がよく見える。笑い声の裏にある疲労。励ましの言葉に混じる虚無。自分もそうだったのだ。
それぞれ理想の半隠遁生活を夢想し、実践していくのがいいだろう。
それが“理想”という言葉で語れるならば、の話だが。
自身の楽園を作り上げる生活でもある。
私は今でも、それが楽園だったのか、ただの隔離部屋だったのか、わからずにいる。
自らの死 終幕の自覚
私はいつか死んでしまう。これは真理。不動の運命だ。となると、時間は有限。人生でできることは限られる。時間を大切に。そんなことは知っている。しかし、できない。なぜだろうか。どうしても、必要のないものに時間を費やしてしまう。
私は死ぬということを、毎日考える。常に有限性を意識する。それでも浪費する。これは何かの病なのか。あるいは、あらゆる人間に共通する欠陥なのか。
自分が人生で成したいことは何か。もう30年ほど生きてきた。30年――なかなかに長い時間だ。私はいつ消えるか分からない。あとどれくらい残されているのか、それもわからない。ただ、自分の価値観を明確にし、欲に従って生きることが、唯一納得できる道のように思える。
大きな欲望に、時間、お金、思考力を使う。それが危険でも、不確かでも、ただなんとなく流れて生きるよりは幾分マシだ。振り返れば、私は多くの夢を捨て、諦め、選択を重ねてきた。無数の岐路の上で、何かを拾い、何かを捨ててきた。
今の人生に満足しているか?どうだろう。まだ、やりたいことは残されている。死は確定している。その認識を持って、時間を使うべきだ。自分の趣味、人間関係、学問に、自分の資源を振り分ける。そして自分を分析し、行動計画を立て、時には修正する。
私は、自分の欲に従った活動で、人生を面白がりたい。もう少しだけ、この世界を楽しんでみたい。たとえそれが滑稽でも、不完全でも。私は私のまま、終わりへと歩いていく。
自らの死を意識しつつ、私は今日も静かに、自分の歩幅で歩くのだ。
半隠遁者の労働
半隠遁者の労働──空想と自活の技法
私は働いている。誰にでもできるような工場労働である。
そこにやりがいは……ない。だが、苦痛もない。いや、苦痛がないことを“やりがい”と呼ぶべきかもしれない。
私の労働は、空想で成り立っている。
単調な作業のなかで、私は別の人間になる。最前線に送る弾薬を製造する戦時体制下の工員。祖国を影から支える匿名の兵士。そんなふうに思い込むと、目の前の単純な工程にも意味が宿る。
やりがいは、あくまで空想の産物だ。現実には存在しない。
私は幻想にすがっている。いや、幻想を創造している。
空想は私を救う。私は、昨日読んだ書物の余韻を反芻しながら、次の休日の計画を立てる。新しい翻訳文献を読むか。近所の公園で詩を書いてみるか。あるいは、あの哲学者の言葉の解釈を練り直すか。工場の騒音の中で、私は密かに思索する。
「何をしても、結局死ぬ。それなら、少し面白がってやろうじゃないか」——これは、ムルソーの呟きに似ているかもしれない。
やがて定時になる。私はわずかな給金を得て帰宅する。
誰もいない部屋。何の気配もない。だが、それがいい。
疲れ果てている私に、誰かの配慮をする余力などない。他人に傷つけられることも、私が誰かを傷つけることもない。沈黙は、私の守護神である。
かつてSNSという娯楽を持っていた。だが、今は全て削除した。十分楽しんだ。
今は、静寂が情報だ。
この生活は単調である。だが、単調のなかに“ひと匙”の変化を加える。それが私の知的遊戯である。作業の効率化を追求し、工程に工夫を加える。わずかな変化が、退屈という名の毒に抗う抗体となる。
給金は、私の趣味生活と知的生活の資金源。
私は旅に出ることも、贅沢なものを買うこともない。しかし、本を買い、静かなカフェで思索する費用は惜しまない。貯金もする。万一に備えて。経済的安定は、半隠遁の自由を確保するための要だ。
職業は、決して「夢」ではない。けれど、私はこの仕事を“好き”になりかけている。
いや、好きになったというより、“好きになれるよう工夫している”と言うべきか。
ここに、労働の本質があるのかもしれない。
「労働は人生の大半を占める」
これは、皮肉でも何でもない、冷厳たる事実だ。ならば、いっそその中に微細な喜びを見出す努力を惜しんではいけない。
空想、工夫、改善。それがなければ、私はとっくに労働という怪物に呑み込まれていただろう。
私は、今日も働く。生きるために。学ぶために。沈黙のなかに小さな歓びを拾うために。
これは、半隠遁者としての私の労働論である。静かながら、確かな生への意志だ。
半隠遁者のキャリア──出世なき人生設計
私は、キャリアという言葉に馴染みがない。
まるで他人の人生を写した映像作品のようだ。世間で言われるキャリア形成とは、終着駅の見えない路線図のようなものだ。乗り続けても、どこへ辿り着くかは不明瞭で、しかも途中下車は許されない。
私は違う。私は降りる。あるいは、そもそも乗らない。
私は、半隠遁者である。
だから、キャリア形成という観念もまた、静かに問い直されねばならない。
私は労働者だ。工場に勤務している。
コンベアが動き続け、機械の音が空気を埋める。誰の顔も見えない、誰の名前も思い出せない。私はそこで、名もなきひとりの「手」として働いている。
そこに希望はあるのか?いや、希望は最初から期待していない。
私がこの労働に求めるものは、金銭であり、一定の信用であり、なにより「自分の時間」である。
社会的地位などいらない。誰も私のことを覚えていなくていい。
私は静かに、生き延びる手段を確保する。
職業を通じて得たいもの、それは選ばねばならない。
そのリストは意外と多い。金。信用。経験。スキル。人間関係。
だが、すべてを得ようとすれば、時間はすり減り、心は摩耗する。
私は、選ぶ。私は、捨てる。私は、削る。
出世は望まない。昇進試験の勉強も、マネジメント研修も、無縁だ。
私は平社員でいい。有能な平社員で。
必要な報告書は提出する。決められた工程は守る。給料分の働きはする。
だが、それ以上は求めない。
“煙たがられる存在”であることは、私にとって褒め言葉だ。
組織の歯車としては回るが、グリスにはならない。
犠牲にならずに貢献する。これは高等技術である。
労働は嫌いではない。
私が嫌うのは、労働を自己犠牲の美徳とする空気だ。
“滅私奉公”という言葉に、私は底知れぬ寒気を覚える。
労働後の私の時間。それが本当の「私」の時間だ。
部屋に戻り、誰にも邪魔されず、好きな本を開く。文庫の背表紙を指でなぞり、冷めかけたコーヒーを啜る。
その時間のために、私は今日もコンベアの前に立つ。
私は副業もしている。創作的なものだ。
詩文を書き、雑誌に投稿し、まれに読まれる。これは金銭目的ではない。
これは、私にとっての“抵抗”である。
誰にも期待されていない、誰の役にも立たない創作を、私はあえてやる。
工場でスキルは身につかない。昇進もない。だが、それを補うのは私の知性だ。
いや、“知性ごっこ”でもいい。私は空想し、構築し、壊し、また空想する。
この無意味の繰り返しこそ、私の“意味”である。
仕事は手を抜かない。
それは、私が誠実だからではない。そうしないと“見えない監視者”の怒りに触れる気がするからだ。
その監視者の名前は……わからない。たぶん、カフカの登場人物が言うだろう。「上の者だ」と。
“上”とは何か?私は知らない。知りたくもない。
私の生活は、収入、生活費、趣味費、貯蓄費。必要なものをきっちり計上する。
私はぜいたくをしない。だが、貧乏でもない。計画的な貧乏は、貴族である。
働いて、稼いで、引く。そして、沈黙する。
これは私のキャリアだ。履歴書には書けない人生設計だ。
だが、これでよい。これこそ、私が“選んだ”人生だ。
出世という幻影を追わず、犠牲を拒絶し、静かに役割を果たし、静かに姿を消す。
これは一種の戦術であり、また芸術でもある。
半隠遁者のキャリア。それは、沈黙の中で立ち上がるもう一つの“生”の選択である。
副業という名の地下遊戯──創造こそ隠者の贅沢
本業では、安定的な収入を得る。
もちろん、やりがいもあればいい。楽しさ、愉快な人間関係。
本業でも多くを望めるかもしれない。社会的地位、信用、職業的スキル、人間関係。奮起すれば、全て叶うかもしれない。
しかし、私はそこそこを求める。
まずは、最低限である安定収入を得る。
それを達成して、他が手に入れば尚良し。
できなければ、まあそれまでと諦める。
潔さも、時には人生に必要である。
欲深ければ、災いも多い。
(これは古代ギリシア人も大好きな格言だ)
もちろん、自らが望んでいるのに、それを偽る場合は別だ。
職業における自分の欲を自覚すること。
欲は恥ずべきものではない。ただし、自覚されない欲は、人生を壊す。
多くを望む人生もいいが、手に入らないときには心が疲れる。
無論、「多くを望まないから、多くを手に入れられない」という批判もあるだろう。
だが、ここはもう主観である。
主観に従って行こう。
(「汝自身を知れ」――ここでデルポイの神託が再登場する)
では、半隠遁者の副業では何を求めるか。
私は「創造性」をテーマにしている。
何か自分で作品を生み出す。
コンテンツの種類はなんでもいい。
自分の内側から生じたものを、外界に投影してみたいのだ。
形はその都度考える。
芸術系を好む。音楽、美術、文学。
クリエイターというのか。あまり名乗るのは気恥ずかしい。
小さい頃、ミュージシャンや画家に憧れていた。
しかし、憧れのまま終わってしまった。
いや、まだ終わっていないかもしれない。
最近は、空いた時間で作品を生み出している。
さらにAIの力を借りれば、非常に効率的だ。
自分の手で為すのも面白い。
最新のAIに触れるのも一興。
技術を使い倒す、これもまた半隠遁者の知的遊戯。
とにかく、面白おかしいものに手を出す。
手を動かし、試作する。
理論を学び、応用する。
試行錯誤の毎日。
毎日、少しばかりの活動。
これらが活力を生み出す。
充実した時間を提供してくれる。
本業で苦痛が生じたときも救ってくれる。
次の本業の意欲を掻き立ててくれる。
もちろん副収入があれば、嬉しい。
それよりも創造的活動の利益が大きすぎる。
精神的な浄化が、最大の利点だ。
お金を稼ぐことができれば満点だろう。
これからも副業の探検は続く。
他の分野に手を伸ばすこともできる。
副業の良いところは、簡単に投げ出せるところだ。
次の副業への壁が低い。
時間も費用も、ほどほどで済む。
自分の工夫次第でどうにでもなる。
この創意工夫が、本業にも活きる。
相乗効果を生み出す。
自分の人生を、じわじわと面白がらせてくれる。
副業という地下活動。
それは、社会という舞台の裏側で、小さく輝く“私だけの劇場”かもしれない。
誰が観ていようが、いまいが関係ない。
私はここで、小さな創造主になる。
拍手も報酬もない。それでも、この幕は毎晩、私ひとりのために上がる。
生涯労働と時間の政治──隠遁者はいつまで働くのか
半隠遁とは、自分の時間を確保することにほかならない。
つまり、労働時間をできるだけ短縮するという一点に収斂する。
すると、こう見られる。
「半隠遁者は、労働を毛嫌いしているのではないか?」と。
しかし、そう単純ではない。
確かに私は、労働時間の縮小に努めている。
だが案外、私は労働そのものを苦痛と思っていない。
労働環境、待遇、人間関係。
どれも特別に良いとは言えないが、嫌悪はない。
労働から得られるものも、決して少なくはない。
安定した生活は、定額の収入に支えられている。
その規則的な現金の流入は、精神を穏やかにする。
余裕を生み、空想を支える。
つまり、幻想を支える最低限の現実というわけだ。
では、この労働を私はいつまで続けるのか。
長年働くのも、悪くない。
ときに私はこう思う。
生涯労働も、よさそうだと。
だが問題は、私が従事する工場労働が、時代の変化に耐えられるかどうかだ。
技術革新、産業構造の変化、社会そのものの摩耗。
職業が“消えていく”未来など、いくらでもありうる。
職を選ばなければ、何かしらの労働はできると考えている。
とはいえ、老年の肉体労働となると、やはり難しい。
適度な重労働なら、大丈夫かもしれない。
いや、頭脳労働なら、もう少し持つか。
体が許すまでは肉体労働、それ以降は、細く小銭を稼ぐ頭脳労働へ。
まるで体が崩れていく順に職種を乗り換えていくようだ。
それでも働く。半隠遁者なりの納税。
私は今、31歳。
あと50年、生きるとして、80歳まで。
そのあいだに、社会はどう変わるのだろうか。
この労働という制度は、今の形で残っているだろうか。
AIがどこまで発展し、
そしてAIの“次”が登場するのかどうか。
既に労働は、観念的な亡霊になりつつある。
ちまちまと稼ぎ、日々の趣味生活を送る。
それは理想ではあるが、果たしてどこまで実現可能か。
早死にしてしまえば、それまでだ。
今のところは、生涯労働の方針でいく。
社会の変化に応じて、計画の修正は常にしておきたい。
長生きできるといいがね。
冗談のように言いながら、それが生存戦略となる。
独身生活には、自活の力が求められる。
仮に、死ぬまで独身であるとしよう。
そうなれば、生活のすべてを自分で賄う必要がある。
もちろん、途中でパートナーができる可能性もある。
だが、そのときになってみなければわからない。
基本的には、孤独な生活を基礎に置く。
他者の支援を前提にせず、自らの労働で、生を維持する。
自分の価値観に沿った生活、
自分の哲学に即した労働。
それが半隠遁者のキャリア形成なのだ。
あまりにも地味で、派手さも成長性もないかもしれない。
けれど、これが**“私の自由”を守るための最低ライン**なのである。
転職と現代──隠遁者は「変化」をどう捉えるか
半隠遁者として、転職をどう考えるか。
今日、年功序列や定年雇用の制度が、音もなく揺らぎつつあるという。
かつては一本の線を淡々と歩き切る人生こそが「誠実」とされた。
だが今は違う。むしろ、分岐点をいくつも渡ってこそ「柔軟」とされる。
転職を経て、経歴を昇華させる。
スキルを身につけ、常に学び続ける。
情報収集を怠らず、自己成長を目指す。
この営みは、どこかRPGに似ている。
経験値を上げ、レベルアップする。
人生という名のゲームにおいて、より良い武器を手にするための“クエスト”である。
その方法の一つとして、転職という選択がある。
スキルや年収の向上が見込める。
人間関係の改善にもつながる。
うまくいけば、人生が大きく展開するだろう。
運が良ければ、だが。
では、半隠遁者はどうするか。
転職するつもりは、ない。
もちろん、今のところ、ではあるが。
面白そうだとは思う。
新しい仕事、新しい人間関係、新しい景色。
だが、今の環境に安住しようと思う。
そこそこの年収、そこそこの人間関係、多めの残業。
総合的に見れば、悪くない。
それに、自分の趣味時間も作れている。
休日出勤も多いが、特に心身に圧迫感はない。
淡々とこなしている感じだ。
それは、会社の歯車に“なっている”のではなく、“歯車としての律動”を、ある種の舞踏のように受け入れているという意味である。
今の会社が今後どうなるか分からない。
しかし、現状は転職しないつもりでいる。
とはいえ、いずれその時は来るかもしれない。
避けられぬ風が吹くこともある。
環境を変えることで、人生が変わることもあるそうだ。
冒険心の強い半隠遁者は試されると良いだろう。
ただし、地図のない世界に出ることは、それなりにリスクがある。
背中に担ぐべきは“希望”ではなく、“準備”である。
今後、仕事の概念自体が変化しそうな雰囲気はある。
会社も変化する。
働き方も、あのコロナ騒動を境に、劇的に改革された。
個人で仕事をする人も多い。
技術革新で消える仕事もあれば、新しい仕事も生まれてくる。
それならば、できることは何か。
好奇心を持ち続け、変化に対応していくこと。
そして、変化そのものを面白がれる心の余裕を持ち合わせておくこと。
すべての予想は、滑稽に裏切られる可能性を孕んでいる。
だからこそ、転職もまた「余技」の一つとして携えておけばいい。
人生に起きるどんな展開も、**面白がれる自分であれば、それが一番の“職能”**かもしれないのだから。
仕事も、趣味も、
そしてこの不確かな世界そのものも、
私は面白がって行こうと思う。
閑話休題──働くこと、そして“働かない時間”へ
これまで、労働について随分と考えた。
金銭、キャリア、組織、転職、そして生涯にわたる働き方。
半隠遁者であっても、労働を忌避しているわけではない。
むしろ、淡々と受け入れている。ただし、決して呑まれないように注意深く。
働くとは、生きることにほかならない。
だが、生きるとは、働くだけではない。
この当たり前のようで見失いやすい真理を、私は何度も何度も反芻した。
確かに労働は、私の生活を支える。
その果実で私は飯を食い、部屋を借り、ノートと万年筆を買い、AIに向かって好き勝手な独白を綴っている。
だが、私を生かしているのは、労働の外側にある時間だ。
自室に戻り、カーテンを引き、電灯の下で手帳を開く。
休日の午後に、静かにコーヒーを淹れる。
耳を澄ませば、時計の音が聞こえる。
その音を聞きながら、「私は何をしたいのか」と考える時間こそが、私にとっての“生”なのだ。
労働は、いわば燃料。
そして、燃やすに値する「何か」を、私は趣味と呼んでいる。
「趣味」という言葉が軽く聞こえるならば、こう言い換えてもいいだろう。
——個人的世界への投資。
この時間を持てるかどうかで、人生の密度は決まる。
労働を否定しない。だが、それだけでは私は干からびる。
ゆえに私は、自分の時間、自分の遊び、自分の創造、自分の営みに没頭する必要がある。
半隠遁とは、“逃避”ではない。“帰還”である。
外の世界から切り離された後、ようやく戻ってくる、自分という宇宙への回帰である。
そうして、私は趣味という名の小宇宙に潜る。
ひととき、貨幣も評価も時間割も忘れて。
そこには、他人の目が届かない世界がある。
心の奥底で密やかに笑う、私だけの楽しみがある。
次章では、その趣味という秘密の園について、静かに語ってみたいと思う。
おそらくそれは、読む者によっては退屈かもしれないし、読む者によっては深い共感を呼ぶかもしれない。
しかし、それがどうであれ、私にとっては、この生を少しばかり愛おしくさせてくれるものであることに変わりはないのだ。
半隠遁者の趣味
趣味を深める工夫──孤独な余暇を豊穣な時間に
私は、趣味によって生かされている。
労働は、生きるための手段にすぎないが、趣味は“なぜ生きるか”の答えに近づく営みだ。
だが、我々半隠遁者にとって趣味とは、単なる余暇の娯楽ではない。むしろ、自我の延長であり、静かな狂気であり、日常の中の微細な反逆である。
SNSをすべて削除してからというもの、情報の奔流から距離を置けた。
“誰かに見せるための趣味”から、“誰にも見せない楽しみ”へと回帰する。
もはや誰の評価も気にせず、ただ一人、部屋の片隅で読書をし、古い文法書と向き合う。
それは、孤独という名の檻の中で、私なりの舞を舞うようなものだ。
趣味にお金がかかるか? かかる時もある。しかし、面白さと支出は必ずしも比例しない。
昔の王侯貴族が手に入れられなかった知識や音楽が、今や無料で掌にある。
たった一冊の古典が、たった一つの散歩道が、何週間も思索を養ってくれることがある。
これほど安価で深い娯楽が、現代にはいくらでも転がっている。
問題は、「時間」だ。
趣味を深めるには、“何を捨てるか”が問われる。
テレビを切り、SNSを断ち、どうでもいい飲み会を欠席する。
その“捨てた時間”で何を得るか──それこそが半隠遁生活の核心だ。
私は気づいた。
本を一冊深く読むだけで、一ヶ月の虚無が救済されることもある。
小さな成果が、沈殿していた倦怠をゆっくりと押し流してくれる。
そうして、「面白がる能力」は再起動され、労働へと再び戻る勇気を与えてくれる。
たとえ低収入でも、たとえ地位がなくとも、私は自分の精神を耕し続けたい。
私の趣味は、私の生活の防波堤だ。外の世界が荒れ狂っても、この内なる領域だけは侵されぬように。
趣味とは、労働で疲れた肉体の癒しであると同時に、社会から一歩引いた場所に小さな王国を築くことでもある。
王国の規模は小さくていい。領民はいなくていい。ただ、自分が君臨する思想と遊戯の世界だ。
半隠遁とは、何よりこの小王国を守り続けること。
そのために働き、そのために静かに生き、孤独を養い、時に笑い、そしてまた沈黙する。
その繰り返しの中に、奇跡のような余暇が芽吹く。
私はその瞬間のために、生きている。
知的生活──学び直しという静かな贅沢
半隠遁者の趣味をさらに深く掘り下げると、「学ぶこと」がある。
これは、いわゆる娯楽とは違う。
疲れた体を癒すものではないが、くたびれた精神を整えるものだ。
社会人になってから気づいたことがある。
学ぶことは、ひそやかな快楽だ。
学生時代は、試験、期限、偏差値、競争――あらゆる雑音に囲まれながら、知識を“獲得するために”勉強していた。
しかし、今は違う。
内側から湧く好奇心だけを頼りに、私は知識の奥へ奥へと潜っていく。
なぜだろう、学び直しがこれほど面白いとは。
一つ学べば、十を知りたくなる。
十を知れば、百の無知に打ちのめされる。
それでも、この無知の深さが心地いい。
まるで、宇宙空間にただ一人、漂っているような浮遊感がある。
悲しいのは、時間が足りないことだ。
労働が日々の大半を食い尽くす。
だが、だからこそ、学びの時間は貴重になる。
一時間でもあれば、そこに全集中する。
古代中国の逸話にある「牛角書を読む」のように、どんな隙間でも知識を詰め込む。
私は、誰にも何にも強制されず、好きなように学ぶ。
まさに自己中心的な学びだ。
自己中心的であることが、これほど自由で楽しいとは思わなかった。
文系・理系を問わず、興味のあるものには何でも手を出す。
歴史から天文へ、天文から物理へ、物理から哲学へ。
知は連鎖する。
私は歴史学を学んできたが、もはや過去の専門性にこだわりはない。
知の森を彷徨い、根もなく漂う――そんな遊牧的な学びが今は心地よい。
「知は力なり」とベーコンは言ったが、
半隠遁者にとっての知とは、力というより灯火である。
人生という荒野を照らす、弱くも確かな灯火。
図書館は今日も無料だ。
ありがたい。
この国の公共制度はまだ機能している。
いずれ潰えるかもしれないが、その時はその時だ。
そのときは、また自分で工夫すればいい。
読書。
フィールドワーク。
創作活動。
どれも私を精神的な快楽に導く。
それは肉体的な喜びとは異なる、静かで持続的な快楽。
この快楽がある限り、私は孤独を恐れない。
むしろ、孤独こそが知を深める土壌であることを知っている。
半隠遁あるところに知性は宿る。
そう信じて、私は今日も一人、ページをめくる。
知的な趣味 読書
書という趣味は、私の半隠遁生活における柱の一つである。言い換えれば、精神の食糧だ。読まずに過ごした一日は、どこか空腹感が残る。読書が持つ快楽は、外から見えにくい。派手さもなければ、熱狂もない。ただ、静かに心の中に染みていくような作用を持っている。
最初は気軽にページをめくっていたはずなのに、気づけば数時間が経過している。読み終えた後、外界の風景が少し違って見える。これが読書の魔術だろう。何を読んでもいい。小説でも、哲学でも、歴史でも。自分の中に知らなかった角度の思考が芽生える。自分の考えだと思っていたものが、実は読んだ本の断片だったと気づくとき、少し苦笑いする。
だが、他者の思想に触れ、模倣し、再解釈することが、読書の面白さなのだと思う。読書は孤独と相性がいい。誰にも話しかけられず、静かな部屋で本を開く。その静寂の中に、活字の声が響く。著者と私だけの密談が始まる。他人の人生を追体験し、他人の思想に潜り込む。それは、旅行や恋愛と同じくらいの濃密さをもたらす。現実世界では到底会えないような思想家、芸術家、聖職者、独裁者と対話できる。これはまさに、時間と空間を超えた贅沢な遊びである。
読書はコストもかからない。図書館を利用すれば、無料でいくらでも知に触れられる。私は定期的に近所の図書館へ行く。静かに積み上げられた書架の間を歩いていると、それだけで気分が落ち着く。まだ読んでいない本の背表紙を見るだけで、未知の世界に出会える期待が高まる。本を借り、帰宅し、食事を終え、湯を浴びてから本を開く。その一連の動作は、私にとって一つの儀式のようになっている。
もちろん、本を読むのにも波がある。気分が乗らない時もある。数ページ読んでは眠くなり、同じ段落を何度も読み返す日もある。だが、そういう日もまた読書の一部だ。すらすら読める本ばかりが良い本とは限らない。時には、読みにくい本の中にこそ、自分を成長させる材料が隠れている。理解できない箇所に線を引き、あとで調べる。その手間もまた面白い。
私は特に、古典が好きだ。時代を超えて読み継がれる本には、それだけの理由がある。たとえば漱石の文章の端々には、今でも現代人の心に刺さる憂鬱と諧謔が混じっている。カミュやドストエフスキーを読むときは、自分の心の奥底に触れられるような感覚になる。読書は、他者の思想を借りながら、自分自身を覗き込む行為でもある。鏡を覗くように、時に愕然とし、時に安堵し、時に笑う。
読書という趣味には、目標も、他者との比較も必要ない。どれだけ読んだかも、何を読んだかも、誰かに報告する必要はない。だからこそ、自由である。読んだ一冊が人生を変えるかもしれないし、何も残さないかもしれない。だが、たとえ忘れても、読んだという行為の痕跡は、どこかに残っているはずだ。それは、言葉遣いに出るかもしれないし、思考の癖になるかもしれない。読書は自分でも気づかぬうちに、私という人間の骨格を少しずつ形成していく。
だから私は、今日もまた一冊の本を手に取る。今夜はどんな声に出会えるのか、どんな世界に導かれるのか。そんなささやかな期待が、私の半隠遁生活を明るく照らしてくれる。読書とは、誰にも邪魔されない、最も静かな冒険である。
知的な趣味 語学学習
語学学習という趣味は、奇妙な性質を持っている。始めると、なぜか自分の存在が世界に開いていくような感覚がある。家から一歩も出ていないのに、なぜか遠く異国の空気を感じる。未知の音、未知の言葉、未知の発想。それを一語ずつ覚えながら、自分の中に取り込んでいくのが快感なのだ。静かな部屋で、一人黙々と語彙を反復し、発音をなぞり、文法を照らし合わせる。誰に強いられるでもなく、自分で自分を律し、自分のペースで進めていく。この孤独でありながら、どこか対話的な行為こそが、私にとっての語学学習の魅力である。
語学は裏切らない。やった分だけ、ちゃんと返ってくる。少しずつ言葉が理解できるようになり、動画や本が読めるようになる。そうした小さな成功体験が、日々の活力となる。労働の疲れが残る平日の夜。少しだけ単語を覚える。休日の午後、静かなカフェで読解の練習。思えば、贅沢な時間の使い方である。語学はただの道具ではない。異文化の奥深くへ通じる鍵だ。他者の視点を借りることで、今まで見えていなかった角度から世界を見つめ直すことができる。
日本語で表現できない感情がある。逆に、他言語には、訳しようのない概念がある。たとえば、ドイツ語の「Weltschmerz(世界の痛み)」や、ポルトガル語の「Saudade(郷愁と希望の混ざった感情)」。日本語では一言で言い表せないこれらの言葉を知るだけで、世界は少しだけ深く感じられる。語学を通して、言葉だけでなく、思考の枠組みそのものを拡張できる。自分の中の狭い常識に、風穴が開くのだ。
ただし、語学学習は孤独な戦いである。上達はゆるやかで、地味な反復が続く。SNSで自慢できるほどの派手さもない。だが、私はそれでいいと思っている。人に見せるために学んでいるのではない。語学はあくまで、私と世界の関係を深めるための道具だ。誰にも知られず、静かに世界に触れていたい。だから、アプリを開き、文法書をめくる。発音を真似し、ノートに書き写す。その繰り返しが、私の中に新しい回路を作っていく。
言語は生きている。だからこそ、語学学習には終わりがない。一つの言語に熟達しても、次が気になってくる。英語の次はフランス語、そしてスペイン語、あるいはアラビア語。語順の違いや、発音のリズム、語彙の成り立ち。知れば知るほど、その違いが面白くなる。言語は文化のかけらだ。ある言語の中に、民族の記憶や美意識が封じ込められている。語学学習は、その記憶を辿る行為でもある。
ときどき、自分がなぜ語学を学んでいるのか、わからなくなる。別に翻訳者になりたいわけでも、海外移住を考えているわけでもない。ただ、知りたいから学んでいる。そう答えるしかない。これは快楽であり、逃避であり、私なりの冒険なのだ。静かな部屋で言語と向き合う時間は、社会から距離をとった半隠遁生活において、もっとも知的で贅沢な時間の一つである。
語学を学ぶこと、それは世界をひとつ、またひとつ自分の中に取り込んでいく作業である。そして、いつか自分の言葉で、自分の思想を、異なる言語で語れるようになれば、それは大きな自由に繋がるだろう。私にとっての語学とは、他者との対話の手段であると同時に、最も内省的で孤独な対話の対象でもある。私と世界をつなぐ一本の橋、それが語学である。
知的な趣味 旅行 歴史旅をテーマに
旅行には、二つの種類がある。ひとつは、快楽と気晴らしを求めて行く旅行。もうひとつは、知的好奇心と敬意をもって、過去と向き合いに行く旅。私は後者を選ぶ。娯楽としての旅も嫌いではないが、半隠遁者の旅はむしろ、歴史をなぞりにいく巡礼である。観光地を消費するのではなく、土地そのものと会話するための旅。石畳を踏みしめながら、自分が歩いているこの道を、かつて誰が歩いたのかを想像する。そこに旅の本質がある。
「世界は一冊の本であり、旅をしない者はその一ページしか読まない」──アウグスティヌスの言葉だ。書を捨てて旅に出よ、という常套句は、私には少し違って聞こえる。むしろ、書を読み込んだ者こそ、旅に出るべきなのだ。頭の中に知識の地図を描いておけば、実際の風景に出会ったときの感動は何倍にもなる。書と旅は対立するものではない。両者は交互に育て合う。
私は城跡や古戦場、廃寺、史跡を巡るのが好きだ。そこに何かが「残っている」ことが重要ではない。むしろ、すでに失われたものを感じる旅こそが、知的快楽の真髄だ。たとえば、四国の山奥に残された中世の土豪の館跡に立てば、草むらの奥に埋もれた石垣が、かつての武士の息遣いを教えてくれる。あるいは、古墳の小高い丘に登り、風に吹かれていると、自分が時間の上を歩いているような気分になる。
旅を通じて、私は“今”に対する相対感覚を養っている。目の前の生活がすべてだと錯覚しがちな日常に、歴史旅は風穴を開けてくれる。自分が生きているこの国が、数千年にわたる営みの中で積み重ねられてきた場所であることを、身体で実感することができる。小さな町の資料館で、無名の民が書いた日記の断片を読む。そこには、今と変わらぬ愛憎や苦労が綴られている。その瞬間、過去と今が一本の線で結ばれる。旅は歴史と人生を接続するメディアなのだ。
探検家フリチョフ・ナンセンは、「道に迷ったときは、未知の道を選べ」と語った。私はあえて地図に載っていないような遺跡を探す。スマホのナビは役に立たない。代わりに、郷土史の文献や古い地図を片手に、道なき道を歩く。ときには何も見つからない。ただ山道を歩いただけで終わることもある。だが、それでよい。空振りの旅こそが、記憶に残る。空振りが許される旅、それが知的趣味の旅行だ。
「私たちは世界を探検するために旅に出るのではない。私たちが何者かを知るために旅に出るのだ」──ローレンス・ダレルのこの言葉は、まさに半隠遁者の旅の本質を言い当てている。私は、旅先で何かを発見するというより、むしろ自分の中の感覚が何に反応するかを観察しているにすぎない。風景や遺構は、心の鏡として働く。ある場所に異様な懐かしさを覚えることもあれば、何の感慨も湧かないこともある。それが自分という存在の、価値観や記憶の輪郭を逆照射してくれる。
最近は、あまり遠出をしなくなった。だが、それで旅が終わったわけではない。むしろ、小さな旅を丁寧に重ねるようになった。近場の町並みを歩く。昭和の面影を残す団地を巡る。郷土資料館に足を運ぶ。そういった旅のなかにも、歴史の層は確かに息づいている。私にとって、旅とは「過去に触れるための現在の行為」であり、「未来に続く自分を再確認するための鏡」なのだ。
旅に出て、また戻ってくる。その繰り返しが、人生に小さな起伏と呼吸を与えてくれる。そしてまた働き、学び、静かな隠遁生活に戻る。そんな周期が心地よい。半隠遁者にとっての旅とは、世界とつながるための短い通信であり、自分という座標を確認するための儀式のようなものである。私はこれからも、時折そっと風の向く方へと出かけていくつもりだ。地図にない歴史を、静かに歩きながら探しに行こうと思う。
半隠遁者と高級余暇
半隠遁生活というと、節制と倹約の象徴のように思われがちだが、実際には「使うべきところではきちんと使う」という姿勢の方が健全である。節約に命を削っても、結局何も残らない。なぜなら、我々は黄泉の国に現金を持って行けないからだ。となれば、生活費と貯蓄費を差し引いた余剰は、思い出に変換していくのがよい。つまり、高級余暇である。
高級余暇とは何か。言うまでもなく「金のかかる趣味」だ。旅行、美食、高級ホテル、海外滞在、AI関連投資──いずれも費用対効果が数字で測れない分、精神的な充実度で決まる。私は、無料でできる読書や語学といった知的な趣味を愛してやまないが、一方で、「金を使うことそのもの」もまた文化であると信じている。
私の高級余暇は、ほとんど旅行に集約される。もちろん、旅行といっても二種類ある。一人旅と、他者との旅。前者では神社や寺、史跡、廃城、美術館、民俗資料館といったフィールドワーク的旅程になる。後者では、少し贅沢をした宿、美味い酒と料理を楽しむ。たった数人の友人と、少し上等な宿に泊まり、静かに夜を過ごす。それだけでも思い出になる。思い出の単価は必ずしも金額に比例しないが、「お金を使ったからこそ届く世界」も確かにある。
贅を尽くした美食、高級ホテルに一泊──こういった余暇は、過剰になると胃にも財布にも毒だが、時折挟むと、日常に強烈なコントラストを与えてくれる。私はそれを“精神の炭酸水”と呼んでいる。しゅわっと刺激が来て、すぐに消える。だが記憶には妙に残る。
最近では、美術展やオーケストラに足を運ぶようになった。特別展の入場料や一等席のチケットは、学生時代の感覚からすれば「暴利」である。しかし、大人になって金を稼ぐようになった以上、その暴利もまた一種の“入場儀礼”として受け止めるべきなのかもしれない。知的余暇と高級余暇が、そこで重なる。
そしてAI。イラスト、音楽、文章、映像まで生み出してしまうこの不気味な相棒に、私は少しばかり課金している。これは趣味か、投資か、それとも信仰か。人間が機械に学ぶ時代というのは、嘲笑するには惜しい現実だ。もしレオナルド・ダ・ヴィンチが生きていたら、今ごろ毎日AIで人体図や飛行機械を生成していたかもしれない。
高級余暇とは、単に贅沢するという意味ではない。自分の価値観を明確にし、それに沿って資源を集中投下することだ。金という流動的なエネルギーを、自分にとって最も意味あるものに変換する。それが本質である。私は、旅行、芸術、そしてAI──この三本柱に支出の軸を置いている。衣食住の贅沢ではなく、知的好奇心に対する贅沢と言ってもいい。
30歳を超え、いよいよ海外への関心も強くなってきた。年に一度、アジアのどこかを巡る──それくらいの緩やかな目標を胸に抱いている。国内旅行も、歴史の新しい地層に出会うたびに興奮が増す。この興奮がなくなったときこそ、人生の“終わり”のサインかもしれない。
体力のある今のうちに、動ける限り動いておくこと。思考力と感受性がまだ鋭い今のうちに、できるだけ多くの“経験”を吸収しておくこと。そうしておけば、老年の半隠遁生活に豊かな“記憶”が灯るだろう。思い出という薪があるかぎり、人生はあたたかい。
最後に、旅人ブルース・チャトウィンの言葉を思い出す。
「人は歩くことで、思索し、書き、祈り、そして癒やされる。」
高級余暇とは、人生のバランスのなかで、時折ふるわせる“豊かさの鐘”なのだ。金があってもなくても、人生は続く。だが、時々金を使うことで、人生はふと、晴れ間を見せてくれる。
室内余暇
旅行に出るのは、どうしても長期休暇の時に限られる。単発の休み、つまり「単休」では、遠出もままならず、旅先で時差と疲労に打ちのめされることとなる。そんなとき、私は迷わず「室内余暇」を選ぶ。外に出る必要もなく、財布にも優しい。まさに半隠遁者の味方だ。
室内余暇の基本方針はただ一つ――できる限り金を使わないことである。高級余暇で使うべきところに予算を集中させるため、ここでは消費を抑えつつ、満足度を高く保つ必要がある。娯楽とは、金額に比例するとは限らないのだ。むしろ工夫が要求される分、知的な挑戦とも言える。
まず思い浮かぶのは読書である。もちろん、新刊書店でピカピカのハードカバーを購入するのも一興だが、室内余暇ではあえて「図書館」を選ぶ。公的機関にこれほど有能な娯楽施設があることに、私は常々驚いている。空調完備、無料、しかも静か。まさに現代の書斎。知的フリーライドの極致だ。
図書館に赴くと、私はまず「面白そうな棚」を直感で選ぶ。歴史、文学、政治、哲学、経済──そのときの気分で手に取る。時には理系分野にも浮気する。天文学、物理学、さらには数学。理解など及ばなくても、言葉の響きだけで愉快になる。学問とはそもそも、わからなくて面白いものだ。
学ぶことの愉悦は、学生時代には決して得られなかった。試験、成績、就職といった外部の圧力が「知の快楽」をすっかり奪っていた。今は違う。誰にも強制されず、ただ好奇心だけが私を動かす。これこそ、純粋な学びのかたちである。
とはいえ、知的活動ばかりしていると、体が鈍ってくる。脳が飽和すると、次は肉体を使いたくなる。そこで登場するのが、筋力トレーニングだ。もちろん、ジムに通うわけではない。自室の片隅で、スクワットや腕立て伏せ、ストレッチなどを静かに行う。器具は使わず、己の肉体のみを用いる。まるで禅僧のような修行。己の体重は、最高のフィットネス器具だ。
筋肉が悲鳴をあげる頃、また読書に戻る。つまり、頭脳と肉体を交互に酷使するサイクルである。これが意外にも、日々にリズムをもたらす。人格の育成とでも呼ぼうか。どこに向かっているのか、自分でもわからないが、面白ければそれでいい。何事も、面白がる技術が鍵である。
ただし、室内で長時間過ごしていると、どうしても閉塞感が出てくる。背中も丸まり、思考も淀んでくる。時に部屋全体が、自分の頭の中の縮図に見えてくる。そこまできたら、外に出るべきだ。人間、やはり光合成も必要である。
というわけで、次は「室外余暇」について述べたい。だが、その前に、冷めたコーヒーをもう一口啜りながら、私は今日も図書館の蔵書を夢想する。心は旅をしている。部屋のなかで。
室外余暇
半隠遁者にとって、室外活動とは何か。派手なものではない。散歩、ランニング、自然観察──以上だ。特に珍しい趣味ではない。しかし、これが妙に効く。いずれも基本は無料。むしろ、無料であるがゆえに価値がある。高級余暇や知的余暇で感性や財布を酷使した後、自然はまるで無償のセラピストとして、私を迎えてくれる。
長く室内に籠もっていると、空気が淀む。体も頭も。学問に耽溺し、創作に集中しすぎると、首筋が凝る。眼球が砂利のように重くなる。そのとき、私は迷わず靴を履く。扉を開け、外へ出る。空気の温度、風のにおい。五感が世界と再び接続される瞬間。ああ、地球はまだ回っていたのだと、どうでもいい確信を得る。
天気は問わない。晴天の開放感は言うに及ばず、曇天の静けさ、雨天の土のにおい、風のざわめき。すべてが刺激となる。晴れた日の陽射しが、時にまぶしく、時にやさしく、曇った日は景色が少しだけ古写真のように見える。雨の日は、全ての音が少し遠くなる。思考が澄む。
歩く。歩き続ける。住宅街を抜け、川沿いへ、山の麓へ。自宅の近くに、雑木林や河川敷があることの幸福に、ようやく気づいた。都市ではこうはいかない。田舎は不便だが、自然との距離は近い。コンビニは遠くても、鳥のさえずりは近い。これは交換条件として悪くない。
道中、思索が浮かぶこともある。歩くことは、思考の媒介になる。スティーブ・ジョブズが会議を歩きながら行ったという逸話に、多少の実感が宿る。不思議なもので、机上では固まっていた思考が、足を動かすと動き出すのだ。知らぬ間に、文章の構造が組み上がっている。答えが出ることもある。何も出ないことも、また良い。
時には、何も考えない。空を眺め、木々を見上げ、風に吹かれる。ただ無になる。これは瞑想というより、自然への融解だ。私は風の一部となり、ただ存在している。歩くことは、世界と自分を再接続する作業でもある。精神のデフラグだ。整い、軽くなる。
自然を愛すると、人間の小ささが愛おしくなる。草がそよぐだけで、何もかもがどうでもよくなる。将来の不安も、過去の後悔も、残業の疲労も、すべてが風に溶けていく。帰路につく頃には、身体がほんのり温まり、気分は静かに持ち直している。何かを成し遂げたわけではない。だが、それが良いのだ。
リュックに水筒一つ、古びた双眼鏡。観察記録をつけるノート。休日の過ごし方は、ますます小学生に近づいてきた。だが、これが本来の人間のかたちなのではないか。自然とともに遊び、風に慰められ、空に問いかける。
私はこの余暇が好きだ。やめられそうにない。これ以上にコストパフォーマンスの良い趣味を、私はまだ知らない。
未知の余暇
これまで経験したことのない余暇──未知の趣味に手を出してみる。思いつきのような気まぐれ、あるいは、静かに熟成していた願望の芽。半隠遁者である私にとって、日常とはある程度、定型の繰り返しで構成されている。室内での読書、語学、創作。室外での散歩や自然観察。高級余暇で時折の旅行。どれも心地よく、生活にリズムを与えてくれている。
だが──それだけでは少し足りない。私のような「日陰の人間」でさえ、たまには突拍子もないものに心が惹かれることがある。未知への好奇心。それは人間に与えられた数少ない、本能に近い快楽装置ではないか。
芸術を習ってみたい。鑑賞から一歩踏み込み、創作側に立ってみる。絵を描く。音を鳴らす。身体を使って舞う。何かが下手であることは、思いのほか清々しい。私のように頭ばかり使ってきた者にとって、不器用であることは一種の救いなのだ。伝統芸能も良い。茶道や能、落語。時代の風を感じながら、型の中に潜む美を探ってみたい。
軍事系にも少しばかり惹かれる。馬術、射撃、弓道。いずれも孤独にして自己律し、かつ古典的な響きがある。身体の制御。精神の集中。何かを的に当てる行為は、人生の象徴にも思える。いずれかの「教室」に通うのも悪くない。半隠遁の暮らしの中で、社会との細く長い接点になるだろう。
スポーツはどうか。これまで縁遠かった分野だが、挑戦心をくすぐる。ウィンタースポーツやマリンスポーツ。スカイダイビング、気球、ハングライダー。空を飛ぶという行為は、人間が常に憧れてきた行為だ。空に向かって跳ねるのは、重力への小さな反抗。体力のあるうちにしかできないからこそ、やってみたい気がしている。命のリスクも、ある種の真剣味を加える。
もちろん、これまでの習慣化された趣味が悪いわけではない。むしろ習慣があるからこそ、日々は穏やかで安心できる。ルーティンは生活の骨組みだ。だが、骨ばかりでは味気ない。時に、肉を、皮膚を、化粧を。そこに新しい何かを載せてみる。
マンネリ化を恐れすぎてもいけないが、退屈に鈍感になってもいけない。大事なのは、自分の「今」の感受性を見誤らないこと。私は今、どんな余暇に惹かれるのか?──問い続ける。それが未知の余暇の入口となる。
開拓使になるのだ。遣唐使のように、異文化に身を晒し、未知の領域から知恵を持ち帰る。あるいは単純に、心を躍らせる。そのいずれもが価値を持つ。興味が湧けば、とにかく始めてみる。中途半端に終わっても構わない。そもそも、私は「半」隠遁者なのだから。
若さという資源は減りつつある。だが、まだ少しだけ残っている。今のうちに、活動的な余暇に手を出しておく。体力が尽きたら、また静かな余暇へ戻ればいい。知的活動、内省、そして創作。その時までの間、私は少しずつ、未知という名の扉を叩いていこうと思う。ゆっくりと、しかし確実に。
余暇時間の確保
半隠遁生活とは、言い換えれば「自分の時間を取り戻す生活」である。すなわち、理想生活の実現とは、まずこの一点にかかっている。時間こそが命であり、貨幣以上に貴重な資源である。だから私はまず、これまで自分がどのように時間を消費してきたのかを振り返る。何に注ぎ、何を得たのか。それは本当に自分の理想に通じていたのか。そう自問し、思考を深めるのが内政の時間だ。
では、半隠遁者はどこからその時間を捻出するのか。多くは、仕事終わりの平日夜、休日、そして年に数度の大型連休。ほんの少しだけ余白がある。特に平日は、意識して隙間を拾わなければ、時間は容易く潰れてしまう。だから私は完璧を目指さない。完璧主義とは、自己実現を名乗る仮面を被った焦燥と強迫だ。いずれ行き詰まる。そして、何もかもが嫌になる。
だから私は、隙間時間に小さな達成を一つ。例えば、数ページの読書。単語帳を数語。軽い筋トレ。小さな達成感が、自分を少しだけ有能にしてくれる。この積み木のような営為が、やがて自分の塔となる。平日は室内余暇。休日は室外余暇。連休には高級余暇。時間帯や体力に応じて趣味を分配する。合理的なようでいて、どこか遊戯的な、そんな余暇戦略を設計する。
私の生活からは、SNSが音もなく消えつつある。誰かに褒められるための時間は、私にはもう要らない。短時間で深く沈み込める趣味がある──読書、語学、筋トレ。それで十分だ。もちろん、疲れている日には何もしない。いや、むしろ「寝るに限る」のだ。睡眠・食事・運動。この三位一体の生活が、趣味や知的活動の土壌となる。これを疎かにすれば、あらゆる活動が地滑りのように崩れる。
休日には、「なんとなくしている行動」を削減することを心がける。目的なき行動も、無為自然の境地として捉えれば、それなりに意味がある。だが同時に、目的ある行動も織り交ぜたい。すべてを効率に委ねるのではなく、ゆるやかな自律で。過度な生産性主義は、結局のところ人生を痩せ細らせてしまう。道家のように、時には「無用の用」を愛してみたい。私は「無為自然」まで到達できないが、「半無為自然」くらいならできるかもしれない。ここでも半端。半ば隠れて、半ば世に棲む。まさに半隠遁の極意である。
社会人の余暇時間は、意識せねば、あっけなく消えてしまう。森羅万象──あらゆる情報、広告、誘い、欲望、義務──が、私の時間を攫おうと襲ってくる。私は防衛線を築き、戦略家となる。SNSの通知を斬り捨て、動画の誘惑を撥ね退け、同調圧力の砲弾を避け、静かに籠城するのだ。
魂に従い、鬨の声を上げよ。八百万の神々に祈る必要はない。祈る先は、私自身の中にある。自己の時間を死守せよ。その静かな攻防の中に、半隠遁生活のやりがいが潜んでいる。時間の確保こそが、私の小さな革命であり、自由の第一歩なのだ。
余暇と人間関係
趣味に没頭するとき、ふと人間関係について考えることがある。独りで行う余暇、そして他者と共に行う余暇。この二つは似て非なるものであり、私にとっては前者が圧倒的に多い。孤独余暇。孤独だが、孤立ではない。私は、年に数度の「合同余暇」だけを確保し、それ以外はほぼ、独りで過ごす。
たとえば、年末年始の大型連休。そこに友人との予定を集中させる。久しぶりの再会、旧交を温める食事、あるいは一泊程度の旅行。年に一度の親しい人間たちとの「共有の時間」。その一瞬のために、私たちは別々の生活を歩み、また再び、離れてゆく。
社会人になると、交友関係は大きく変化する。結婚、子育て、介護、転勤。人生の局面ごとに、会えない理由は雪のように降り積もる。だからこそ、私は孤独余暇を選び取る。いや、選び取らざるを得なかったのかもしれない。だが、悔いてはいない。これは私自身が望んだ生き方なのだ。自分の時間を、誰にも邪魔されずに、気ままに使うこと。
孤独な読書。独り語学学習。静かな散歩。山中での独白。そうした時間のなかに、私は深い満足を見出している。孤独には苦しみがつきまとうと思われがちだが、そこにはむしろ「整った沈黙」がある。誰にも干渉されないという贅沢。自由とはこういうものではなかったか。
それでも、他者との時間が不要だというわけではない。年に数度の再会があるからこそ、私は孤独を肯定できる。孤独と合同のバランス。片方だけでは得られない味わいがある。独りのときは、自分勝手なスケジューリングで、あらゆることが可能になる。夜中の語学学習。早朝の神社巡り。誰にも文句を言われず、誰にも合わせず、自分のリズムで進行していく。
一方、複数人での余暇には、また別の愉しみがある。共に笑い、語り合い、驚き、時には昔話を反芻する。他者との時間は、人生の一種の「照り返し」であり、自分という存在を確認する鏡でもある。
私は孤独だが、孤立していない。ここが重要だ。友人たちは今も生きていて、各地で奮闘している。連絡が途絶えても、どこかで生きていると信じている。それだけで、孤独が少しだけ柔らかくなる。
結局、余暇とは人間関係を映し出す鏡でもあるのだ。一人の時間が濃密であればあるほど、他者との時間の彩度が上がる。合同余暇があるからこそ、孤独余暇の価値が高まる。年に数回の饗宴。そして年中無休の独宴。この対照のなかに、私は自分だけの半隠遁を築いている。
我が半隠遁に、乾杯を。
趣味の章・終章 そして人の世へ
ここまで、半隠遁生活における趣味の諸相について記してきた。知的な営みから、身体を動かす喜び。高級余暇の贅沢、室内外の静かな快楽、そして未知の趣味への挑戦まで――それらはいずれも、私という奇妙な一個人の、限りある時間の使い方の記録であった。
私の人生は、趣味によって成り立っていると言っても過言ではない。いや、趣味こそが、人生そのものの輪郭を決定づけてきた。労働に翻弄されながらも、趣味が私を私たらしめ、孤独の中に彩りを与えた。学び、創り、眺め、歩き、遊ぶ。そのすべてが、自分の手で選び取った「小さな自由」の積み重ねである。
だが――。
どれほど趣味の世界が豊かでも、人は社会的動物であることをやめられないらしい。どこかで誰かと繋がりたいという欲求は、たとえ言語化されずとも、底流のように流れ続けている。私は孤独な読書家であり、独り旅を好む人間だが、それでも年に数度、誰かと杯を交わす時間が恋しくなる。それが人間という生き物なのだろう。
つまり、半隠遁生活とは、単なる隠遁でもなければ、完全な孤絶でもない。社会と断絶せず、関わりすぎず、その「あわい」に身を置くこと。孤独と関係性のゆらぎを、ひとつの呼吸として取り込む生き方。そこにこそ、本当の自由と快楽、あるいは安寧があるのかもしれない。
次章からは、この「人の世との距離感」――つまり半隠遁者の人間関係について述べていこうと思う。友人との関わり方。職場の人間模様。恋愛、家族、地域社会。どれも一筋縄ではいかぬ。距離の取り方を誤れば、自我が浸食される。しかし、完全な孤絶は、心を干からびさせる。ここにもまた「半」の思想が必要となる。
さて――趣味の章を終えた今、私は机に肘をつきながら、静かに考えている。これまでの人生で得てきたもの。そして、これからの人生で手放すもの。人との関係もまた、趣味と同じように、試行錯誤の繰り返しだろう。
では次に、人の世の中へ。私はそっと足を踏み出す。決して深く入りすぎず、かといって背を向けるでもなく。今日もまた、「半分だけ隠れて」、それでも人の世に立つのである。
半隠遁生活の人間関係
半隠遁者と人間関係──孤独と交友の境界線
人間関係とは、半隠遁生活の中でも、とりわけ繊細な領域である。関わりすぎれば疲弊し、切り離しすぎれば乾く。いかに距離をとるか。いかに関係を編み直すか。それはひとえに、己の時間をいかに確保し、守るかにかかっている。
私の交際範囲は狭い。もとより多くを求めてきた覚えもない。小中学校、高校、大学と、人並みにそれぞれの時期に友人はいた。だが今、継続して交わりを保っているのは、両手で数えられる程度だ。いつのまにか少数精鋭となった。だが、それで良いと思っている。交友は量より質である。広さではなく、深さと持続が問われるのだ。
半隠遁とは、俗世を否定するものではない。あくまで「半分」である。半分は人と交わり、もう半分は孤に帰す。両義的な生活。そのどちらにも価値を見出し、どちらにも傾きすぎぬようバランスをとる。完全なる仙人ではない。孤絶ではなく、孤独である。社会に繋がりながら、魂の芯の部分だけは、静かなる水面のように保っておきたい。関わるが、巻き込まれない。見つめるが、沈まない。それが半隠遁者の距離感である。
私は元来、孤独を好む。集団行動にも馴染んではいたが、真にくつろぐのは一人きりの時間だった。時折、会話を求める瞬間もあるが、予定が重なりすぎればすぐに心が曇る。人と会うことは楽しくとも、連続すると圧迫感が募る。だからこそ、空白の時間が必要である。その空白を、趣味で満たし、読書で埋め、散歩で風に晒す。孤独とは、私にとっての調律であり、回復である。
人間関係もまた実験である。誰と、どれほどの時間を過ごせば、自分は幸福でいられるのか。どこまでが交流で、どこからが疲労なのか。その境界線を探り、調整し、時に逸脱し、また戻る。その繰り返しの中で、私はようやく自分にとっての適切な距離を測り始めた。この距離感は万人に通用するものではない。あくまで、私というひとりの奇妙な人間にとっての「最適解」である。
この章から先は、半隠遁者の人間関係について、いくつかの層に分けて語っていくことにする。友人、職場、家族、そして時には恋愛まで。避けては通れぬが、深入りすべきでもない。そのあわいを、私は歩いていく。孤独と交友の、微妙なあわいを。
人生は一人で完結する。しかし、誰の記憶にも残らぬ人生は、どこか虚ろである。私はたまに語り合い、たまに共に食事し、たまに連れ立って歩く。そしてまた、静かに独りに戻る。この反復運動が、私の半隠遁の呼吸である。そう思えば、人間関係も悪くない。むしろ、この呼吸がなければ、私は窒息してしまうのかもしれない。
親族──血縁と距離の技術
人間関係の起点は親族である。誕生と同時に組み込まれ、逃れられぬ文脈の中で初めて人と関わる。そこには自由意思も選択の余地もなく、ただ運命として与えられる。血縁は、最も古く、最も不可避な他者である。
三十歳にもなれば、おおよその関係は定まりつつある。祖父母、両親、兄弟姉妹、甥や姪。その外側に、もはや年賀状のやり取りすら絶えた親類縁者たちがぼんやりといる。関係は、自然に淘汰される。意図せぬ沈黙、互いの沈黙の容認。そうして静かに関係は終息していく。
半隠遁生活においては、この親族との関係もまた、調整の対象である。血縁であれ、例外ではない。私は年に数度、会えばよいという方針をとっている。年末年始の帰省も、ここ数年はしていない。代わりに旅行を入れたり、友人との予定を入れたりする。親不孝と呼ばれるかもしれない。だが、今さらそれを正す必要もない。私は私の生活を営んでいる。彼らもまた、彼らの生活を営んでいる。干渉のない世界。静かな共存。理想とは言わぬが、破綻でもない。
若き日には、もっと親密な関係を理想としていたかもしれない。家族とは近しく、思いやりに満ち、温かく――と。しかし、現実には、そうした関係は稀である。少なくとも私には縁が薄かった。親族もまた、他者である。他者である以上、過度な期待は禁物だ。期待は失望を生み、失望は不信へと変わる。ならば、期待しなければよい。誤解なく言えば、無関心ではない。関心の「配分」を調整しているだけだ。愛と距離は両立する。
兄弟の中には、よく実家に顔を出し、親の世話を焼く者もいる。良き子供たちである。私はその役には就かなかった。だが、何かあったとき、できる範囲の支援はするつもりだ。会うだけが親孝行ではない。寄り添うとは、同じ場所にいることではなく、適切な距離で支えることでもある。経済的援助、実務的支援、ささやかな助言。それもまた一つの寄り添い方だろう。
世間の価値観は、こうした距離の取り方をやや冷たく感じるかもしれない。「親を大切にしなさい」「顔を見せるのが礼儀だ」――そんな言葉が繰り返される。だが私は、世間の正しさより、自分の誠実さを選びたい。他人の「正しさ」に自らを折り曲げれば、やがて苦しみは他者にも波及する。だからこそ、自分の尺度を大切にしたい。
親族との距離は、今後も揺れるだろう。状況が変われば、関係も変わる。介護、死別、法事、相続、突然の病気――人生の中には、避けがたく、かつ唐突に訪れる局面がある。その時に、どのように関わるのか。準備はないが、覚悟はある。
血縁とは、生のスタート地点であり、死の帰還地点でもある。私はまだ旅の途中だ。親族とは、距離を保ちながら、時に立ち寄る宿のように接していきたい。泊まっても、住まない。語っても、過ぎない。それくらいがちょうどよい。
半隠遁者にとって、親族とは、避けるべき対象ではない。ただ、巻き込まれず、呑み込まれず、静かに関わる。その知的な距離感を持つことで、私はようやく、自分の人生を自分のものとして生き始めた気がするのだ。
友人──孤独と交遊のはざまで
親族の次に、人生において縁の深い存在が友人である。血の繋がりはないが、時間を共有し、記憶をともに刻む存在。友情とは、いわば自発的な共同生活の痕跡であり、その希少性は年を重ねるほどに際立っていく。
私は昔から、友人関係においても「少数精鋭」の傾向をもっていた。グループには在籍していたが、中心にいることはなかった。陽気な空気に合わせて振る舞いながら、心のどこかで違和感を抱えていた。笑顔の裏に潜む不一致。賑やかさに染まりきれない性格。場に馴染もうとする努力の中で、どこか自分を演じていた。
大学時代もまた同様である。最初は社交性の仮面を被った。自分は明るく、誰とでも打ち解けられる人間なのだと。しかし、結局は長くは続かなかった。仮面は重く、私には似合わなかった。時間を経て、私はようやく自分にふさわしい人間関係の輪郭を理解した。――狭く、深く。落ち着いた空気を共に味わい、時に鋭く皮肉を交わし、くだらぬ冗談に笑い合える関係。それが私にとっての「友人」である。
友情は大切である。ただし、多すぎると疲労が増す。予定が増えると、切迫感に襲われる。私は私の時間が欲しい。何も予定のない空白の時間こそが、私にとっての贅沢であり、そこから趣味や思索が生まれる。そうして、私は一つの運用方法に行き着いた。友人に会うのは、年に一度。年末年始の大型連休に集中的に会う。すべての近況をその数日に凝縮し、一気に語り、一気に笑い、一気に別れる。まるで年度末の決算のような友情管理である。
久々に会うからこそ、話題は尽きず、新鮮であり、別れには一抹の名残が宿る。その名残を次の再会まで熟成させる。発酵する楽しみだ。年中付き合っていたら、この旨味は生まれない。熟成肉と同じである。保存と間隔の妙。
こうして、その他の休日は孤独が支配する。ロンリー、ロンリー。ヒトリノ夜の到来である。しかし、私はそれを恐れていない。むしろ、歓迎している。孤独は私のもう一人の友人だ。孤独によってしか味わえない思考、読書、創作の時間がある。だから私は、友情と孤独の二刀流を選んだ。どちらも私に必要で、どちらにも過剰な忠誠は誓わない。良いとこ取りの人生。貪欲なようで、実は慎ましい選択。
これが私の半隠遁生活における友人関係である。半分は世間に差し出し、半分は私が頂く。孤独と交遊のはざまで揺れながら、私は私の時間を生きていく。気の合う友人と笑い、静かな部屋で沈黙する。この往復運動が、私を私たらしめている。社会的な存在でありながら、内的な生活者であるという、奇妙で厄介な二重構造。
人生の後半、私の友情はさらに濃縮されていくだろう。やがて年に一度の再会も途絶えるかもしれない。その時は、孤独を完全に受け入れればよい。だが今はまだ、交友という灯火がある。それがあるうちは、年に一度くらいは、世間の海に舟を出すのも悪くない。半隠遁者としての誠実な矛盾である。
恋人──半隠遁に咲く一輪の花
半隠遁生活において、恋人は必要だろうか。いや、必ずしも必要ではない。むしろ、独りで完結する生活を志す者にとっては、恋愛は“余分な要素”として片づけられることもあるだろう。時間、金、労力、感情――多くを費やし、多くを揺るがすもの。それが恋である。面倒を避け、心の安寧を保つため、私はしばらく恋愛不要論者を気取っていた。
「自由で気ままな生活が一番だ」と自らに言い聞かせ、放浪者のように世間をさすらう姿に陶酔していた。トラブルは、芽のうちに摘んでおくに越したことはない、と。だが──である。ひとたび、恋愛という不可思議な営みに足を踏み入れてしまえば、見える景色が変わる。酸いも甘いも、ほろ苦さも、混ざり合った濃厚な人間関係。友情とはまた違う、皮膚感覚に近い関係性。深い恋愛とは、人間理解の極致かもしれない。
そこには喜びもある。もどかしさもある。共にいるときの充実感と、距離が生まれることへの歯痒さ。複雑な感情が幾層にも重なり合う。それでも、良い。いや、良い悪いを超えて、面白い。一人では決して味わえない類の感情、事件、そして沈黙。それらがごた混ぜになって、やがて“物語”となる。半隠遁生活者にとっても、人生の一章として悪くない。
とはいえ、こちらにも生活がある。趣味があり、時間がある。ゆえに「遠距離恋愛」という形態に辿り着いた。物理的距離によって精神的余白を確保する。会うのは月に一、二度。ほどよい距離感。半隠遁生活と恋愛の、静かな共存。毎日一緒にはいないが、だからこそ語ることが尽きない。
恋愛とは、共同作戦である。時に面倒くさく、時に愛おしい。お互いの異なる価値観、生活リズム、言語感覚を擦り合わせる努力がいる。骨を折る覚悟。互いに折れ合う覚悟。しなやかな譲歩と、確固たる芯が必要だ。だが、やってみる価値はある。時にワインのように熟成し、時に味噌のように発酵しすぎて爆発することもある。だが、そこには常に“学び”がある。
やがて倦怠期を迎えるだろう。激情は静けさに変わり、熱はぬるま湯となる。だが、ぬるま湯もまた悪くない。水のように、ゆったりと流れる関係もある。あたかも静かな湖畔に佇むような安心感。派手さはなくとも、安らぎがある。
三十路を迎えて、私は今さらながら“恋愛”を学びつつある。遅咲きの初恋にも似た感覚。青春を再履修しているような気分だ。恋愛は人を若返らせる、とはよく言ったものだ。確かに心の新陳代謝が促進されている。30歳からの青春も悪くない。
もちろん、世間は言うだろう。「いい歳して」と。だが私は半隠遁者。世間と半分しか関わっていない。だからこそ、他者の視線など気にせず、自分の欲望と丁寧に対話していける。孤独に親しみつつ、他者の温もりにも触れていく。静かなる矛盾。美しき葛藤。
恋愛というものは、あまりに不確実で、あまりに感情的で、そして、あまりに人間的である。だがそれゆえに、面白い。生きることの訓練場として、これほど適した舞台もない。さて、この恋がどう転がっていくか。成功しても失敗しても、どちらでも構わない。私は面白がるつもりだ。愛と孤独のあいだで、私の半隠遁は、今日も静かに揺れている。
夫婦──ふたりで歩む、半分の隠遁
結婚と半隠遁生活は両立し得るのか。この問いは、私にとって未だ実験段階にある。現時点で、結婚という制度に対して強い熱意はない。興味がないわけではないが、渇望もしていない。結婚生活がもたらす「果実」とは何か。愛の共同体、子の成長、親族との絆、そして暮らしの安定――そういったものが挙げられるだろう。しかしそれらは、喜びと同時に、責任と負担の連鎖でもある。
私のような、自己中心的で未熟な精神を抱えた半端者に、それを担う覚悟があるかと言われれば、首を縦に振ることはできない。労働に疲れ果てた夜、家族の団欒に参加する気力が残っているか。果たして、私の「生活第一主義」は他者との生活に耐えうるのか。答えは、まだ風の中にある。
だが、既存の結婚像にすべて従う必要もない。私にできるのは、世間的な形を否定することではなく、静かに、黙々と、自分なりの生活改革を進めていくことだ。他人に宣伝する必要はない。風のように生き、水のように形を変える。それが私の選択である。
では、私にとって理想の結婚とは何か。まずは距離感だ。これは恋愛の章でも述べたが、適度な距離こそが精神の自由を保つ鍵である。結婚生活においても、完全な融合ではなく、あえて別居婚を核に据える。互いに別の住居を持ち、生活は独立して営む。そして、必要なときに会う。通い合うような関係。古来の「通い婚」の再構築である。
食事を共にし、近況を語り合い、ときに旅行へ赴く。だが日常は各自の手に委ねられている。ひとつ屋根の下にずっといることは、私にとっては息苦しい。かといって完全に他人ではない。孤独と共有の中間点。それが私の目指す夫婦関係である。
制度に参加することも拒まないが、制度に依存する必要もない。放浪的な夫婦。互いに都市を転々としながら、ある日ふらりと同じ街に現れ、再会する。まるでスパイ同士の定例会談のような関係。そこには、結びつきと自由が同居する。成熟した人間同士でなければ築けない関係だろう。だが、それを夢見てはいけない理由もない。
重要なのは、価値観の一致ではなく、価値観の交換を許容できるかどうかだ。押し付けではなく、提案と柔軟性。能動的な共同生活。夫婦とは、他者との最大の連携プレーである。その分だけ、深く、難しい。だからこそ、興味深い。
現時点で私ができるのは、自分の価値観を明文化し、理想の生活に必要な要素を整理しておくこと。今すぐ結婚する予定はないが、将来その時が来たときに、慌てないようにしておきたい。完璧を目指す必要はない。むしろ、半分だけ完成した暮らしこそが、私にとっての幸せなのかもしれない。
結婚の果実が甘いか苦いか。それは収穫してからの話だ。だが、果実を見て笑うくらいの余裕は、今の私にもある。半隠遁者の結婚生活、それもまた一章。未来のために、今日も私は一人で米を研ぐ。
パートナー──孤独の中の他者
半隠遁生活において、パートナーという存在は一体何を意味するのだろうか。恋人とは違う。夫婦でもない。事実婚に近いが、それとも少し違う気がする。戸籍に記録される関係ではない。式も誓いもない。けれど、確かな結びつきがそこにある。曖昧にしてはいけないが、形式に固執することもない。
孤独を尊ぶ半隠遁者であっても、全てを一人で抱えきれぬ日もある。心が重くなる時、ふと誰かの言葉が欲しくなる。沈黙の中にあっても、隣に誰かが座っていてくれたら――そんな淡い希望が、時として胸をよぎる。
だからこそ、パートナーという存在が可能となる。
互いに自立した生活を営みつつ、必要な時に寄り添い、寄りかかる。他者の自由を侵さず、自分の自由も保つ。そのためには、心身ともに「距離」に強くなければならない。どこまで近づいて、どこからは踏み込まないか。孤独であることを前提に、孤独を少しだけ差し出す勇気。
この人でなければ、という選択。そう思える相手との関係は、孤独な生活に淡い光を差し込ませる。だが、その関係が他者への依存に傾けば、光はすぐに影に変わる。支え合うとは、与えることと受け取ることの均衡に他ならない。一方通行の献身ではなく、天秤が静かに釣り合うような日々を目指す。
パートナーという関係も、また実験である。年齢を重ねるごとに価値観は変化する。だからこそ、定期的にお互いの現在地を確認する必要がある。擦れ違いが発生したなら、対話をする。合わなくなったのなら、潔く手を放つ。それも誠実な選択だろう。ズルズルと続けることは、互いにとって時間の浪費となる。特に人生の節目となる問題、結婚や出産といった現実的な局面ではなおさらだ。
パートナーシップは、共同制作である。片方が筆を持ち、もう片方が彩色を加える。ときに立ち止まり、構図を見直す。テーマが変わったら、別の作品に移っても構わない。だが、いまここに描かれているのは、私たちふたりの小さな楽園だ。
私は考える。どのような人物と、どのような時間を過ごしたいのか。
孤独を引き裂く存在ではなく、孤独の隣に座る存在。
半分、寄り添い、半分、離れているような関係。
それが半隠遁者にとっての、理想的なパートナーなのだ。
子供──半隠遁者の難関
半隠遁生活と子育て。さあ、最難関の到来である。
これは人間関係における最終関門、いや人生そのものの再編成と言ってよい。独身者の戯言かもしれない。だが、だからこそ正直に書いておこう。
半隠遁とは、世俗との距離を取る生活様式である。
完全に断絶するのではない。だが、社会との交点は限定的にする。
ところが、子育てはその交点を増やす。爆発的に。家庭内の交点、地域社会の交点、学校、医療、教育、さらには将来設計。全方位的な接続が必要になる。それはつまり、自分の時間、精神、お金の再分配を意味する。
現実問題として、子育てには莫大な資源が必要だ。
まず、時間。否応なく奪われる。
次に、金。かつて趣味や教養に注いでいた予算は、新生児とその成長に吸収される。
そして、心。子供の未来にまで心を砕くようになる。今だけではなく、明日、来年、十年先。いや、死んだあとさえ案じることになる。
これはもはや、ひとりの人間の人生ではなくなる。
ひとりの人間が、もうひとりの人間を導き、守り、責任を持つ。それは崇高な営みである一方で、恐ろしく重い任務でもある。
労働から帰宅し、子供を風呂に入れ、宿題を見て、寝かしつける。どこに半隠遁の余白があるというのか。趣味の時間など砂漠の蜃気楼だ。
それでも世間は言うだろう。
「子供の笑顔があれば全て報われる」と。
なるほど、それも理解はできる。だが、私はその実感をまだ知らない。そして今の私は、知りたいとも思わない。
現在の私には、明確な結論がある。
「子供は持たない」──これが現時点での私の選択だ。
将来、心変わりするかもしれない。世俗に降り立ち、家族という小宇宙を築く日が来るかもしれない。だが、いまは違う。
いまの私は、孤独と静謐を選ぶ。思索と余暇と探求。
すなわち、半隠遁である。
もちろん、後悔する可能性もある。
老いて孤独が骨身に沁みる夜、子を持たなかったことを悔いることもあるだろう。
しかし、今この瞬間に子を持てば、私は間違いなく後悔する。
どちらかを選ぶしかないのだ。
人生とは選択の連続である。
すべてを得ることはできない。失うことを選ぶ勇気が、ときに人生の美しさを支える。
私は、半隠遁の報告書を書き続けよう。
それが綴れる限り、私はまだ自由である。
いつか、もし風向きが変われば、その時はまた筆を取ろう。
だが今は、孤独と共に歩いていく。
誰にも迷惑をかけず、誰の期待にも応えず、自分の半分だけを使って生きていく。
子育てという偉業に挑む人々には、深い敬意を。
そして私は、静かに自分の道を往こう。
この道を、しばらくは。
人間関係の総括──孤独と交友のバランス感覚
半隠遁生活において、人間関係とは常に再考を迫られる命題である。完全に断絶すれば仙人であり、完全に迎合すれば俗物である。だが我々は、そのどちらにも与しない。半ば交わり、半ば引く。半隠遁者とは、世間と絶縁せず、同時に溺れもせぬ者である。
私は親族との距離を取り、友人との交友を絞り、恋愛においては静かな折り合いを模索し、結婚や子育てという制度の外側から眺めることで、自分なりの人間関係を構築してきた。他者を完全に否定するのではない。ただし、自己の時間を第一に据える。**自分の精神生活が揺らぐほどの関係には首を突っ込まない。**関わる相手の数を減らし、深さを濃くする。それが私の半隠遁流である。
人と会うことの喜びも知っている。語らい、笑い、沈黙を共有することの妙味も捨てがたい。しかし、**その頻度と量を誤れば、心は圧迫され、魂の自由は死ぬ。**人間関係は刺激であると同時に、毒にもなり得る。だからこそ、自らの軸を明確にし、他者との距離を都度調整していく柔軟性が必要になる。
恋人、夫婦、パートナー、子供。
これらは人生の大きな変化を伴う関係性である。ゆえに、半隠遁生活の基盤を揺るがす可能性がある。だが同時に、それらの関係性は**心の豊かさと深みを与えてくれる「他者という鏡」**でもある。他者がいて、初めて己の歪さや強さに気づく。私がそれを全否定しないのは、この鏡の効用を知っているからだ。
半隠遁生活とは、孤独を楽しむ術であると同時に、他者と適度に関わる技術でもある。
どれだけ孤独を好もうと、時には他者の温度が必要になる。
どれだけ他者を求めようとも、最後にはひとりの時間に戻らねばならない。
その往復運動こそが、人間らしい生活であり、
私が追い求めてきた半隠遁生活の真髄なのだ。
健康──半隠遁者の基盤
半隠遁者と健康。これは切っても切り離せない関係だ。
健康にあらずんば半隠遁にあらず。──まるで平家物語のような調子だが、事実である。
人里離れ、隠れ住むことに浪漫を抱くには、まず身体が動くことが前提だ。心が冴えていることが条件だ。
半隠遁生活は決して怠惰ではない。
むしろ、意外と活動的である。
読書に勤しみ、語学を嗜み、知的活動を楽しみ、時には山野を巡る。旅行で国内外を移動し、美術展を歩き回り、筋力トレーニングに汗を流す。
このような生活を支えるのは、言うまでもなく健康だ。
若者にも、老年にも、学生にも、社会人にも必要な唯一無二の条件。
健康でなければ、学びも味わえず、余暇も苦痛に変わる。
では、健康のために何が必要か?
答えはいつも単純だが、実行は難しい。
睡眠・食事・運動。この三本の柱が揃えば、身体も精神も驚くほど整う。
中でも、私にとって最重要は睡眠である。
社会人になってから痛感した。
「睡眠こそ神である」と。
眠りは全てを生み出す創造主だ。
集中力、忍耐力、継続力、想像力、すべては良質な睡眠から芽吹いてくる。
睡眠が整えば、自然と食事の質も上がり、運動も習慣になる。逆もまた然り。三位一体とはよく言ったものだ。
健康は、決して一夜にして築かれない。
「健康の道も一歩から」だ。
毎日のささやかな行動が、自分の未来を静かに支えてくれる。
サプリメントを摂取するも良し。ストレッチや散歩を取り入れるも良し。日光を浴びるも良し。
生活に組み込めば、それは自動運転で機能しはじめる。
そして、健康が整えば、不思議なことに他の要素も整っていく。
人間関係、恋愛、労働、創作──あらゆる局面で余裕と創意が生まれる。
「疲れていない自分」は、とても機嫌が良い。
そういう自分と過ごす時間は、快適そのものだ。
つまり、健康は自分自身との信頼関係である。
今日もきちんと眠れたか。
栄養あるものを食べたか。
身体を少しでも動かしたか。
この問いかけを、日々、誠実に返していく。
それが、半隠遁生活を静かに、しかし確実に豊かにしてくれる。
健康は地味だ。だが、すべての土台である。
この静かな営みを怠らず、自分という国の内政を怠らない。
それが、半隠遁という生活様式の、真の成立条件なのだ。
お金──半隠遁者の貨幣哲学
半隠遁者とお金。
答えは明白だ。「勤倹貯蓄に行きたまえ」。
金を崇めよ、とは言わぬ。されど、侮るなかれ。
お金とは、何か。
一言でいえば、**「選択肢の媒介物」**だ。
選択肢を買い、生活を買い、趣味を買い、静寂を買う。
しかし、半隠遁者はそれを買いすぎない。選びすぎない。
ほどほどで良い。質素で良い。
私の支出は、実に単純だ。
生活費、趣味、貯蓄。
この三本柱が整っていれば満足する。
もちろん、税金だの保険料だの、各種支払いという名の貢物は多い。
だが、それすらも予定調和。演目の一つに過ぎない。
莫大な富を築きたいとは思わない。
夢想として抱く分には風流だが、執着すれば、人生の主軸がずれる。
お金を稼ぐ時間で、読書をし、旅をし、語学を学び、恋をする。
それで良いではないか。
いや、それが良いのだ。
私は経験を選ぶ。記憶を買う。思い出を積み重ねる。
そのためには、当然、ある程度の資金が要る。
だが、その**「ある程度」**が分かっていれば、無限の労働には走らない。
お金の上限を、自分で定義する。
無限に追わず、有意義に使う。
では、年収はいくら必要か?
私の個人的な結論としては、600万円。
これが、趣味も、貯蓄も、恋愛も、全てに手を出せるラインだ。
もちろん、地域や生活スタイルにもよる。
だが、このあたりが、質素な豊かさと余白のバランスを取る数字だろう。
今の私は、その水準に達している。
ゆえに、心は穏やかである。
欲は小さく、満足は大きい。
金の奴隷にはならず、金を使う知恵を持つ。
20代半ばから実践してきた半隠遁生活は、今や私の根幹を成している。
この哲学は完成形ではない。これからも状況に応じて進化するだろう。
しかし、**「金に飲まれず、軽んじず」**という軸だけは、終生変えぬつもりだ。
金は人生を彩るが、支配してはならぬ。
金があるからこそ選べる。だが、選ぶ価値を知るには哲学が要る。
半隠遁者にとって、金とは手段であり、奴隷であり、時に友である。
使い方を誤れば敵にもなる。
適度な収入と支出で、精神の自由を確保すること。
それが、半隠遁生活の財政戦略である。
夢──半隠遁者の希望と未踏領域
半隠遁者の夢。
世間と距離を取りながらも、夢想の火は絶やさぬ。
日々の生活に静けさを求めつつ、ときおり心を躍らせる。
それが私の理想とする半隠遁生活だ。
夢とは、未来の点景である。
まだ触れぬ何か。未踏の領域。
けれども、それがあるから日常は色を変える。
目的地があるから、足取りは軽くなる。
私は折にふれて、自らのやりたいことリストを見直す。
大仰なものでなくていい。
少しばかりの旅、未知のジャンルの読書、一人の芸術鑑賞、
あるいは新しいスポーツに挑戦してみること――それだけで十分だ。
夢は高らかに掲げる必要はない。
むしろ、半隠遁者にとっては**「私的な夢」**こそふさわしい。
世間に知らせず、旗も立てず、
ひっそりと、しかし着実に、
自らの夢をかたちにしていく。
私は最近、理系分野に手を伸ばした。
天文学、物理学、さらには数学。
決して得意分野ではない。
だが、そこに新しい刺激があった。
無知を笑わず、むしろ楽しむ。
そうやって私は、また一歩、自分の世界を広げた。
恋愛という忘れかけた感情にも再び手を伸ばしてみた。
若き日の情熱とは違う、熟成された関係。
酸いも甘いも嚙み締める関係。
これもまた、半隠遁生活を面白がらせてくれる要素となった。
夢を見ること、そしてときおり叶えること。
それは自己裁量の自由を手にしている半隠遁者の特権である。
日常の静寂と、時折の躍動。
そのリズムこそが、人生を面白がらせてくれる。
私はこれからも、理想の生活を少しずつ模索し続ける。
誰のものでもない、自分の楽園を。
決まった型などない。
自らの手で、毎日少しずつ、粘土のように生活を捏ねていく。
孤独と、少しばかりの人間関係。
深い趣味と、ふとした夢想。
これらがあれば、私は生きていける。
そして――きっと、楽しんでいける。
自室の楽園化──内なる宇宙の設計図
私の半隠遁生活の根城、それは自室である。
ここが、私というひとりの人間の思想、感情、好奇心のすべてを受け止める場所。
外で疲弊し、社会の喧噪に揉まれた身体と心を、そっと包み込む場所。
この空間をどう扱うかによって、人生の快適度は大きく変わる。
私はこの数年、自室の楽園化を少しずつ進めてきた。
まず第一に、モノを減らすことから始まった。
視界に雑多なモノが映ると、心もまた散らかる。
本当に必要なもの、心から惹かれるものだけを残す。
不要なノイズを排し、静けさの中に自分を溶かしていく。
残った家具や道具には、機能と美の両立を求めた。
ミニマルでありながら、温もりのある質感を――。
次に考えたのは、思考と創造に適した空間設計だ。
読書机の配置。椅子の座り心地。
自然光の入り方。間接照明の色味。
ノートとペン、辞書、タブレット端末――すべてが私の宇宙船の操作盤だ。
書物という星を巡り、思索の銀河を漂流する準備が整った。
そして何より重要なのは、自室の匂いと音である。
芳香剤の安っぽい香りではなく、深呼吸したくなるような静謐さ。
アロマオイル、コーヒー、木の香り、古本の匂い。
音はときにクラシック音楽、ときに鳥のさえずり、
あるいは沈黙そのもの。
沈黙こそ、最も豊かなBGMかもしれない。
外の世界が騒がしければ騒がしいほど、
この密室は、精神のシェルターとして機能する。
誰にも邪魔されず、誰を気にすることもない。
孤独は、ここでは「自由」として翻訳される。
壁にはお気に入りの画集の1ページを額装して飾っている。
読書灯は思考の深みに沈むとき、私の航海灯となる。
時折、窓から見える月が、心を震わせる。
そこに在るのはただの6畳、あるいは8畳の空間だろう。
だが、精神にとっては無限の回廊なのだ。
私はこの自室で、自分の生活を組み立てていく。
読書、語学、創作、トレーニング、思索、微睡み。
すべてが一つの部屋で完結するという贅沢。
旅に出ることもあるが、最終的にはここに戻ってくる。
まるで哲学者の庵のように。
「静けさの中にしか、真の自由は存在しない」
そう言ったのは誰だっただろうか。
自室とは、自由への扉であり、知の実験場であり、心の隠れ家である。
この部屋を整えること、それは人生を整えることに等しい。
今日もまた、私はこの小さな楽園で、
誰にも知られず、誰の目も気にせず、
ひっそりと、しかし確かな幸福を味わっている。
終章──半隠遁という人生の試み
ここまで読んでくれた奇特なあなたに、心からの敬意と感謝を。
この手記は、誰かのために書いたようで、実のところ私自身のために綴られたものだった。頭の中に浮かんでは消えていく考えを、言葉にして封じ込める。日々の思索と実験の記録。生き方の試行錯誤。そうして生まれたのが、この「半隠遁」という、いささか中途半端で、しかしどこか誠実な生き方だった。
完全な隠者にはなれない。かといって、完全に俗世に身を投じることにも耐えられない。
ならば、半分だけ世を離れ、半分だけ世に生きる。
それが私の選んだ道であり、この手記の根底に流れる思想である。
労働に疲弊しないように、趣味で自分を立て直す。
人間関係に溺れないように、孤独を意識的に引き受ける。
未来に怯えないように、今日の一時間を守る。
何もかもを得ようとせず、しかし何もかもを捨てはしない。
そうした中庸の哲学が、私の人生に幾ばくかの静けさと面白さを与えてくれた。
この手記を読んで、少しでも心が軽くなったなら、私は書いてよかったと思える。
「そうか、自分も半分だけ逃げてみてもいいんだ」と思ってくれたなら、それで十分だ。
何も成し遂げていない人間の、何かを試みた記録。それがこの手記である。
今、世間では「強くあれ」「常に前進せよ」と声高に叫ばれる。
だが私はこう言いたい。「時には立ち止まって、身をかわすのも知恵だ」と。
全てをやらなくてもいい。全てに答えなくてもいい。
自分にとっての大事なものを、少しずつ選び取っていく。
そのための時間と空間を確保する技術が、この手記には込められている。
人生は、案外やり直しが利く。
30歳でも、40歳でも、50歳でも、
今日が自分にとっての「はじまり」になっても、何らおかしくはない。
この手記は完結するが、人生はまだ続く。
明日からも、半分隠れて、半分笑って、半分は自分のために生きていこう。
あなたの人生が、面白がるに足る出来事で満ちていくことを、心から願っている。
さあ、今日も半隠遁しようじゃないか。
評論:『半隠遁者の手記』を読む──時代の裂け目に差し込む、小さな火
蒲生(フリージャーナリスト)
人知れず、しかし確かにこの国には「逃げるために生きている人々」がいる。
この手記は、その逃走の記録である。だが単なる現実逃避ではない。むしろ自己保存と再創造のための戦略的撤退とでも言うべきものだ。著者は「半隠遁」という耳慣れない語を用い、現代人の生に対して密やかで挑発的な問いを投げかける。
かつてソローが『ウォールデン 森の生活』で「簡素な暮らし」へと回帰しようとしたように、あるいは芭蕉が「不易流行」を求めて旅に出たように、この手記の著者もまた「身を引く」ことで世界との関係を取り直そうとしている。だが、ここに描かれている生活は完全な孤立でも隠遁でもない。「半分」だけ俗世を捨てる、という絶妙な距離感がこの書の核心であり、そこに現代的な知性と折衷の精神が光る。
著者は30歳の独身男性であり、読者に明かされるのは彼の労働観、趣味、恋愛観、金銭感覚、孤独と人間関係へのまなざし、そして老いへの構えである。どれも私たちが日々触れている問題に通じている。だからこそ、この記録は一人の男の私的な記述でありながら、驚くほど普遍性を帯びている。
本書には、声高な主張や断定はほとんど見られない。むしろ、**思索と観察が生み出した「仮説としての生き方」**が淡々と綴られている。その調子が良い。強くないが、弱くもない。明確ではないが、誠実だ。この筆致はまるで、太宰治の『人間失格』における大庭葉蔵の冷徹さと、カミュのムルソーのような虚無を越えた沈着さを併せ持っている。
この「半分だけ逃げる」思想は、日本における過労社会、同調圧力、家庭と結婚制度への強迫的な順応、そして成果主義の暴走に対する、一つのサイレントなレジスタンスである。それは大声では叫ばれず、しかし静かに、地底で広がっていく。
個人的には、著者が繰り返す「面白がる」という言葉に救われた。
これは古代ギリシャの「テオーリア(theōria)」、すなわち観照の精神に通じる態度だろう。人生を消費するのではなく、観察し、距離を取り、味わうという姿勢。現代ではそれは知性であり、抵抗であり、癒しでもある。
本書の至る所で読者は問われる。「あなたは今、誰の時間を生きているのか」と。
SNSが主観を吸い取り、労働が時間を奪い、恋愛や結婚すら制度化されるこの世界で、自分自身の時間を守る行為は、すでに革命に近い。
この手記を読んで感じるのは、希望ではない。むしろ冷静な絶望を前提にした、知的な希望だ。過大な夢もなければ、無意味な諦念もない。
あるがままに、自分の分だけで満足して生きていく。その姿勢には21世紀の新しい賢者像すら感じられる。
この手記を読み終えたとき、読者の心には静かな疑問が残るだろう。
「では、自分にとっての半隠遁とは何か?」と。
それこそが、この本の目的であり、読者への宿題なのだ。
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時代は荒れ狂うだろう。
だが私たちは、それに真正面から立ち向かうだけが能ではない。
背を向けて、半歩だけ退き、にやりと笑う。
それもまた、賢い人間の生き方である。
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蒲生(2025年・某地方都市の書斎にて)