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半隠遁者のベトナム出張



【1】

 部長からベトナム出張の命令が出たのは、残暑も終え、秋の兆しが見え始めた月のことだった。行き先はベトナムのハノイ。目的は、ベトナム人技能実習生の採用面接だった。蒲生の務める防人水産は10人程の小さい水産加工会社。水産物を調味加工する食品工場だ。地方の小企業にはありがちな人材不足。日本人を雇用しようにも、職業柄長続きする人は少ない。最近では、求人を出しても面接すら辿り着けない有様だ。
「蒲生君、来月の頭にベトナムに行ってもらうから。」
そんな声がかかったのは昼休みの昼食時だった。
「ベトナムですか?唐突ですね。」
特に驚きもせず、蒲生は返答した。
「最近は日本人の雇用が難しくてね。採用されても三ヶ月も続かないじゃない?そこで社長から外国人採用の提案があってね。」
特に嬉しそうな顔もせずに部長は話を続ける。
「社長の友人が外国人採用の管理を手がける管理団体に出資していてね、この間の飲み会で随分と盛り上がったらしいよ。」
「例の夜会ですか?」
「そうそう、蒲生君は参加したことあるの?」
「はい、何度か社長に連行されたことがあります。」
「連行とは、君、穏やかじゃないね。」
部長は蒲生の言葉選びに苦笑を見せる。
「まあ、お金は社長持ちなので社会経験の一環として。といってもそんな年齢でもないですが。」
蒲生は防人水産に勤務して7年近くになる。元々は、高校の社会科教員を目指していたが、大学在学中の試験に失敗し、一年就職浪人をしたが、それも失敗。都会の下宿を引き払い、地元に戻ってきた。そこからまずは食うために職を探した。そこで見つけたのが、現在の防人水産だ。当時は蒲生が会社の最年少ということもあって重宝された。7年経った今でも、最年少に変わりはない。つまり新規の採用がなく、若手がいない。気がつけば、30の山を超えた。結婚もせず、独身生活を謳歌している。海外の出張には体力がいる。ベトナムともなればなおさらだ。そこで中堅の蒲生に白羽の矢がたった。
「蒲生君はベトナム旅行の経験は?」
「ありませんね。海外はヨーロッパだけです。最近は、独学で世界史の勉強をしているので、そこで少しベトナムについて知っているくらいです。」
これは関心と、目を少し大きくする部長を見ながら蒲生は続けた。
「ですが、どうして僕なんですか?管理団体と知り合いなら、社長が現地にいきそうなものですが。観光も兼ねて。」
「そうなんだよな。私も初めはその気がしたんだが、社長的には蒲生君に経験を積ませる意図もあるらしい。」
「はあ。部長は志願しなかったのですか?」
「私?お生憎。暑いのは嫌いなんだよ。会社の経費でもごめんだね。やはり日本が一番さ。」
軽口と皮肉を交えながら部長は答えた。国内第一主義のような言葉だが、部長の海外経験は深い。以前の職では商社の海外駐在も経験済みで、他にも通訳の仕事、現地取材の訪問など、なかなかにすごい職歴を持っている。
「ということだから君が抜擢されたのさ。まあ、いいじゃないか。旅費は全て会社もち、観光日もあるらしいよ。初の東南アジアなんだから楽しんできたまえ。お土産はいらないから、面白話を聞かせてくれ。」
どこか他人事のような口調で普通よりハードルの高いお土産と海外出張が決まった。

【2】


 9月の中旬に企画が決まり、出発は11月の中旬になった。かなり急な企画ではある。しかし、社長間ではかなり前から打ち合わせがあり、段取りは現地にも伝わっているらしい。管理団体の理事長がベトナム人で、現地の実習生送り出し機関にも顔が効くらしい。蒲生の会社の社長と監理団体の出資をしている検非違使建設の友人社長。監理団体の理事長ベトナム人理事長。この3人が三位一体となっている。現地訪問の際は、この理事長が同行してくれるらしい。ここで、技能実習制度の概要を説明しておこう。

 技能実習制度とは、表向きには「国際貢献」という仰々しい名目のもと、開発途上国の若者に日本の高度な技術や規律を伝授し、母国の発展に寄与してもらおうという、なんとも徳の高そうな仕組みである。日本らしいと言えば日本らしい。だが、その実態はどうかと言えば、単刀直入に言って「人手不足対策」であり、「労働力輸入制度」と言ったほうがしっくりくるという声も少なくない。

 特にベトナムは、この制度の最大の供給源として頭角を現している。2020年代以降、日本に来る技能実習生のおよそ半数がベトナム出身である。送り出しには政府公認の機関が関与し、若者たちは日本語を片言だけ詰め込み、希望と不安を詰めたスーツケースを携えて来日する。一方の日本では、「監理団体」と呼ばれる謎めいた非営利法人が、企業と実習生の間に入り、実習の名のもとに働く彼らの生活と労働を見守る――はずなのである。

 この制度、利点がないわけではない。地方の工場、農場、建設現場など、いわゆる3K職場(きつい、汚い、危険)において、若くて真面目な外国人労働力が安定的に供給されるというのは、日本企業にとって大きな魅力である。また、実習生本人にとっても、母国では到底得られぬ水準の収入が可能であり、うまくいけば帰国後の起業資金や家族の生活改善につながる。
 さらに、実習を通じて日本の製造技術や職場の習慣、品質管理に対する厳格な姿勢を学ぶことで、帰国後の就業やキャリアアップに直結する成功例も少なくない。日本企業と交流を持った経験が、将来のビジネスにもつながるケースもある。こうした制度の理念が、現場で忠実に実行された場合、技能実習は確かに「学びと成長の場」として機能する。

 ただし、制度が理想通りに機能すればの話である。現実には、日本語能力が不十分なまま現場に放り込まれ、言葉が通じぬまま機械の音と怒声の中で仕事を覚える羽目になる者も少なくない。待遇面も一筋縄ではいかず、法定最低賃金すれすれ、あるいはそれ以下というケースも散見される。彼らは「実習生」であって「労働者」ではないという建前のもと、労働法の網の目をすり抜ける現場もある。

 さらに、母国側の問題も無視できない。送り出し機関の中には、若者に高額な渡航費や保証金を課すところもあり、借金を背負って来日するという本末転倒な話も耳にする。技能どころか、返済のために必死で働かねばならず、「国際貢献」とやらは遠い理想となる。

 このように、技能実習制度は、日本の人手不足とベトナムの経済格差という二つの現実に橋を架ける制度ではあるが、その橋の材質は、けっして強靭とは言えない。理念と現実の乖離、その狭間で、実習生たちは今日も工場のラインに立つ。制度を真に「貢献的」なものとするためには、透明性と公正さ、そして何より「人間」を扱うという根本の自覚が必要であろう。労働力の前に、彼らは一人の人間なのだ。

【3】


 出張の流れは、国内での事前打ち合わせ、同行出発、現地面接、現地観光、帰国。蒲生は事前打ち合わせまでに、ガイドブック等で事前知識の吸収に取り掛かった。初めての海外ではないので、気負いなどはなかった。持ち前の知識欲や好奇心のおかげで、情報収集は捗った。地球の歩き方ベトナム編一冊あれば小遣いかなりそうな気がしていた。今回は一人旅ではなく、ベトナム人通訳の同行がある。大きなトラブルは起こらないだろう。付け焼き刃ではあるが、ベトナム語の勉強も始めた。特に現地人と交流を持ちたいという気もなかったが、それが入国者の流儀のような気がした。挨拶やお礼の言葉だけでも知っていれば交流はできる。外国人がカタコトな日本語で一生懸命伝えようとすると嬉しくなるのと同じだ。現地情報、ベトナムの歴史、ベトナム語、技能実習の制度知識。これくらいを頭に叩き込んでおけば十二分だろう。


 出張も仕事と割り切ってしまえばそれまでだが、他にも吸収しようとする気構えがあれば一味違ってくる。今回の出張も仕事で終わらせない。自分なりの発見をしてみたい。異国の旅はこれがあるから面白い。昔から旅は大きな知見を生み出す。本人の意欲も比例してくる。蒲生は一心不乱に準備に取り掛かった。


 打ち合わせの当日には防水産の社長、蒲生、検非使建設の社長、出島協同組のベトナム人理事長が集った。各々、名刺交換を済ませ、世間話にも花が咲く。

「蒲生は検非違使さんはお初だったか?」

「はい、お名前は存じておりましたが、お会いするのは初めてで」

「よろしくね。蒲生君。話は聞いてるよ。防人水産のホープだ」

 藤原社長のお褒めに預かりながら、対面の二人を観察する。藤原社長はいかにもワンマン社長と言った豪快な雰囲気を醸し出している大柄な容姿だ。肉付きがよく、長身で、よく日焼けした肌をしていた。ゴルフにもよく出かけるみたいで、アウトドアの趣味を多く持っているという話を聞いた。とにかくよく喋り、防人水産の社長とも気が合いそうだ。この二人が気が合うというのも頷ける。

 隣のベトナム人理事長はトンさんと言った。小柄で髪を刈り上げた様子はベトナム人によく見かける髪型だ。ガイドブックやSNS動画によく登場するベトナム人男性だ。寡黙ではないが、話し方を見るに頭のよくきれる、実務者といった雰囲気だ。トンさんはベトナムの高校を卒業し、少し現地で働いたあと、貯めたお金で日本に留学したらしい。留学後は、ビジネス専門学校に通いながら、通訳の仕事を掛け持ちしていた。そこで培った日本語を検非違使建設の社長に見込まれ、ベトナム人実習生の監理団体を立ち上げた。検非違使建設にもベトナム人実習生を送り込み、藤原社長の知り合い会社にも顔が効くそうだ。なかなかのやりてビジネスマンだ。そのトンさんが今回の出張に同行してくれる。まさに百人力だ。日本とベトナムを知り尽くした男。年齢は36歳で、妻子をベトナムに残している。

「初めまして、蒲生さん。今回の採用面接に同行するトンです」

そう言ったトンさんは柔らかい笑みを浮かべた。

「蒲生さんはベトナムは初めてですか?」

「はい、今回が初めてです。自分なりに情報を集めたりはしていますが、暗中模索と言ったところです。」


「ははは、それは素晴らしい姿勢です。今まででそこまで熱心な方はいませんでしたよ。」

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半隠遁生活を営む工場労働者