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『血塗られたルソー』自作小説の紹介

作品紹介

 壁の亀裂を直す弁護士が、いつ、友を殺す政治家になったのか。

【あらすじ】

 一七六四年、北フランスの地方都市アラス。六歳のマクシミリアン・ド・ロベスピエールは母を失い、やがて父にも捨てられる。崩れた世界の中で少年がしたことは、台所に行き、ずれた皿を並べ直すことだった。

 感情の代わりに秩序を。悲しみの代わりに正しさを。それがこの少年の生き方の原型となる。  パリの名門校ルイ=ル=グランで、吃音の少年カミーユ・デムーランと出会う。「お前、面白いな」。その一言から始まった友情は二十年にわたって続き、二十年目に断頭台で終わる。  

 アラスに帰り弁護士となったマクシミリアンは、桶職人ドゥサンの壁の亀裂を弁護し、避雷針の正当性を法廷で証明し、パンを盗んだ少年のために声を上げた。報酬は取らなかった。「法は弱い者のためにある」——それがこの男の信条だった。

 やがて革命が起こる。三部会の代議士となり、パリへ。バスティーユが落ち、王が裁かれ、共和国が宣言される。小さな声で正しいことを言い続けた男は、いつしかフランスの運命を左右する存在になっていた。

 だが弱者を守る盾であった正しさは、いつのまにか敵を断つ剣に変わっていた。同じ金属で作られた同じ正しさが、方向を変えた。その変容がいつ起き、なぜ起きたのか——それがこの物語の核心である。

【歴史的背景】

 十八世紀末のフランス。ルイ十六世の治世は財政破綻に瀕し、パンの値段は高騰し、民衆の怒りは沸点に達していた。一七八九年、百七十五年ぶりに三部会が召集され、第三身分(平民)の代議士たちが国民議会を名乗った。

 バスティーユ牢獄の陥落。封建制の廃止。人権宣言の採択。フランス革命は、自由・平等・友愛の理念を掲げて王政を倒し、共和国を建てた。

 だが共和国は生まれた瞬間から包囲されていた。外にはヨーロッパ列強の連合軍。内には王党派の反乱、ジロンド派と山岳派の権力闘争、物価の高騰と飢餓。危機の中で公安委員会が絶大な権限を握り、革命裁判所が敵を次々に断頭台に送った。

 一七九三年から九四年にかけての恐怖政治の時代。パリだけで数千人が処刑された。弁護なし、証拠調べなし、告発がそのまま死刑になる仕組みを作ったのは、かつて死刑制度に反対する論文を書いた男だった。

 一七九四年七月二十七日(テルミドール九日)、国民公会でロベスピエールの逮捕が議決された。翌日、処刑。三十六歳。革命はその最も忠実な息子を呑み込んだ。

【主要人物】

■マクシミリアン・ド・ロベスピエール

 本作の主人公。アラスの弁護士の家に生まれ、六歳で母を失い、七歳で父に捨てられる。祖父に引き取られ、パリのルイ=ル=グラン学院で学び、アラスに帰って弁護士を開業。「買収されない男」の異名を取り、フランス革命の中心人物となる。

 声が小さく、冗談が言えず、笑えない。だが論理は明晰で、原則は不動で、正しいと信じたことは決して曲げない。この不器用な正しさが弱者を守る盾となり、やがて友を殺す剣となる。

■カミーユ・デムーラン

 ロベスピエールのルイ=ル=グラン学院以来の親友。吃音があるが、ペンは吃らない。革命のジャーナリストとして名を馳せ、パレ=ロワイヤルで「武器を取れ」と叫んでバスティーユ襲撃の導火線に火をつけた。

 マクシミリアンの鏡であり、監視人であり、友。「断崖の手前で叫んでやる」と約束し、約束通りに叫んだ。だが友は聞かなかった。寛容を訴える新聞を発行し、恐怖政治に異を唱え、一七九四年四月に断頭台に送られた。送ったのは友だった。

■シャルロット・ロベスピエール

 マクシミリアンの妹。四歳で母を失い、兄とともに祖父に引き取られる。兄の嘘をまばたきで見抜く能力を持ち、手紙の字の太さで兄の精神状態を読む。兄に「幸福の有無について」の月次報告を求め、スープを運び続けた。

 遠くにいながら兄の変容をもっとも正確に察知した人物。「守る人でいて。攻める人にはならないで」——この忠告は聞き入れられなかった。

■ジョルジュ・ジャック・ダントン

 革命の最も野太い声。巨体、大声、豪放。金に汚く女に弱いが、人を惹きつける磁力を持つ。ロベスピエールとは何もかもが正反対だが、ともに革命を推し進めた同志。

 「正しいが冷たい。冷たい正しさは自分を凍らせる。凍った男は砕ける」——ロベスピエールへの最後の忠告は、四か月後に現実となった。

■ルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュスト

 公安委員会の最年少委員。二十六歳。「死の大天使」の異名を持つ。端正な容貌から出る言葉がたいてい誰かの死刑を要求するものだった。ロベスピエールの原則を信じ、疑いなき忠誠を捧げた。カミーユを失った後の冷たい鏡。

■エレオノール・デュプレ

 ロベスピエールが下宿したデュプレ家の長女。口数は少ないが、観察力はシャルロットに匹敵する。皿を並べ直す手つきが母の仕草に似ていた。「器のために中身を犠牲にするのですか」——静かだが鋭い問いを投げかける。

■ピエール・ドゥサン

 アラスの桶職人。ロベスピエールの最初の依頼人。壁の亀裂を弁護してもらった礼に、小さな木桶を贈った。「先生の言葉は、水を入れても漏れない桶のようだ」この桶は物語全体を貫く象徴となり、アラスの事務所の窓辺で、帰ってこない男を待ち続ける。

【本作の視点】

 語り手は登場人物の内面に入り込みつつも、歴史の大きな流れを俯瞰し、ときに皮肉を交え、ときに読者に問いを投げかける。

 「この男が怪物であったのか英雄であったのか、それとも単に正しさに取り憑かれたまま死んでいった一人の厄介な人間であったのか。その答えは、二百年経った今も出ていない」——この問いが物語の背骨であり、答えは読者に委ねられる。

【貫通するモチーフ】

 皿を並べ直す手——崩れた世界に秩序を取り戻そうとする衝動。母から兄へ、兄から妹へ、そしてエレオノールへ受け継がれる。

 ドゥサンの桶、正しさの報酬として受け取った唯一の贈り物。「原則の外にあるもの」の象徴。

 シャルロットのハンカチ、母の布で妹が縫った布。アラスからパリへ、革命の嵐を潜り抜け、砕けた顎の男のポケットの中にあったかもしれない。

 「ペンは吃らない」マクシミリアンがカミーユに与えた言葉。友の人生を変え、やがて友を殺す理由の一部となる。

 「二人で一人前」カミーユとマクシミリアンの合言葉。一人が欠ければ一人前ではなくなる。  

「断崖の手前で叫んでやる」果たされた約束と、聞き入れられなかった約束。

 壁の亀裂を直す弁護士が、なぜ友を殺す政治家になったのか。同じ正しさが、守る方向から断つ方向に変わった瞬間はいつだったのか。その問いを、一人の男の三十六年の生涯を通じて描く。

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31歳 工場労働者 孤独と自由を設計し、 歴史と小説を通して 世界の“構造”を語る人。 半隠遁ライフ / 日本史講義 J-POP考察 / 小説はKindleで販売中。