【祝】30歳。死へとまた近づく。2024年。遂に、30歳を迎えることとなった。30年、生きてきたのだ。数字にすると、意外に、大きな数字だ。外見的な成長は、遂げている。幼少期からの成長。30歳となると、成長というよりも、徐々に、老いという言葉になってくる。しかし、実感はあまりない。今もなお、中学生の精神が、私を支配している。このまま、子供おじさんとなるのだろうか。童心を忘れないということも、肝要だ。どのように生きていくのか。これまた、人生設計をする時が、来たようだ。最も、設計したところで、明日死ぬかもしれない。悲しい話です。自殺願望もないため、このまま、生きていくということも、なかなかに、味があるかもしれない。味わい尽くす。人生を味わい尽くすのだ。これもまた、妙味である。さて、何をして、楽しんでいこうか。現状の自分。独身、独り暮らし、貯金少々、恋人無し、友人少々、趣味はそこそこ。ふむ、新しいことを始めるのも、悪くない。去年からyoutubeを始めているが、鳴かず飛ばずのチャンネルだ。まて、鳴かず飛ばずでもいいのか。鳴きたくないなら、鳴かない。飛びたくないなら、翼を休めよ、か。なるほど、とにかく、自分の欲望のままに、生きていくのが一番だろう。犯罪を犯さないように。法の中の私でいることが大切か。犯罪を犯すと、世間に目を付けられる。隠れて生きていくことだ。目立たないように、じっくりと、自分の人生を熟成していく。これこそ、菜根譚の人生訓か?最近は、老子思想にかぶれている。とにもかくにも、無為自然。流れていくのが最高善。私も水のように、流れていくだろう。このままでいいのか?、という問いは生まれてくる。しかし、そんな些細な問いに、かまけていられるほど、人生は長くない。そうだろう?セネカ先生?人生は短く、苦労は多く、幸福少なく、不幸多し。いいじゃないか。この不幸も、とっくりと、堪能していこう。悲劇のヒーローを演じることができるぞ。悲劇のヒーローは、お好きだろう。不幸になっている自分を、もっと見てくれという欲求。なんとも腐臭がする。この腐り具合が、最高だ。泥水をバタフライし、混迷を極めていく。強大な力の前では、私は消え去ってしまう。吹けば飛ぶ埃に同じ。空しいかな我が人生。いつかは、死んでしまうという真理。しかし、ネガティブになっているかというと、そうでもないのだ。案外、この状況を楽しんでいる自分がいる。滑稽なことだ。だが、滑稽劇は、最高だ。まだまだ人生は続いていくのだ。とっくりと楽しんでやる。人生を貪り尽くす。しゃぶりぬいてやる。