残暑も過ぎ、秋を迎えようとしていた時期。私はベトナム人技能実習生の採用面接のために、ベトナムへと渡ることとなる。東南アジアの地を踏むことは今までになかった。未知の旅。開拓使の気持ちを持って、大越国へと向かう。
ベトナムという土地についての知識は「地球の歩き方」と「Wikipedia」のみ。ベトナム語も話せない。英語も単語会話となるが致し方あるまい。敵地に一度乗り込んでしまえば、もう後戻りはできない。この身を粉にして働くことに専心することだ。しかし、日本の監理団体(企業の実習を監督する組織)の理事長様(ベトナム人)が同行してくれるため、現地でのトラブルは避けられそうだ。日本語とベトナム語の二刀流。心強いことこの上ない。
小企業の弊社は、人材不足を解消するために、ベトナム人に助力を乞うこととなり、急遽、私が人事担当となった。工場労働者で、今まで製造現場での単純作業しか経験してこなかったために、大いに慌てることとなった。カラマーゾフの兄弟よろしく、皆が疑心暗鬼に陥ることになる。しかし、私はかの暗黒街でも生き抜いて見せる。生きて本国:日本の地を踏むのだ。臆してはいけない。魑魅魍魎はこちらの臆病に付け込んでくるだろう。奴らを始末することだ。
ハノイとの時差は2時間この程度なら誤差に過ぎない。一顧にするにも値しないひたすらに進撃する。亜熱帯の恐怖を思い知るがよい。しかし、日本は秋だというのに、大越国はまだまだ太陽が働いている。
気候の熱気もさることながら、人の熱気もすさまじいものがある。車のクラクションとエンジン音ががなり立てる。もう公害に近いものがある。しかし、これがベトナムなのだ。嫌いじゃないぞ、私は。この滞在期間で少しばかりの知識と見聞を手に入れてやる。
ここはスリや置き引きの巣窟のようだ。気を引き締めていかなければならない。旅行気分に浮かれている人間は百鬼夜行の餌食となってしまう。
空港から送迎の車に乗り、ハノイ中心部へと向かう。
ニャッタン橋を走破し、ホテルへ向かってもらう。気温は25℃くらいか。そして湿度も高め。日本の気候にとてもよく似ている。
40分程でホテル、フォーチュナに到着。現地の人によると日本人御用達のホテルのようだ。
やはりベトナムといえばこの交通量だろう。バイク天国ともいうべき世界。日本では考えられないような交通ルール。しかし、ここは日本ではない。郷に入っては何とやらだ。堂々と道路を横断し、バイクを片手で制する。すでにベトナム人化している。
ベトナムは丁度、経済成長の途中。次々とビルやマンションが建設され、人口も増加の一途。労働人口が、高齢者を上回る、典型的な成長国だ。この活気が国を導くということか。しかし、当然のように貧富の格差は拡大しているようだ。金とコネを持っているものが社会を支配すると現地の人は言っていた。
夜はこのビアホールで肉欲接待を受けることになった。飯を食い、女性のダンスを見物するようだ。ベトナム人はお酒を飲む人が多く、特にビールは好まれているようだ。ハノイビール、サイゴンビールは有名だそうだ。
肉欲の宴が始まる。ベトナム料理は香辛料や香草をふんだんに使っており、好みは分かれるそうだ。私はこの国の料理を非常においしく頂いた。とにもかくにもガツガツと食ってやった。飯がうまい国は最高だ。肉料理が特にうまい。匂いが嫌いという日本人もいるそうだが、私はどうも例外に属するようだ。
なかなかの女将部隊であった。彼女たちは大学の専門学部を卒業し、ステージに立っているそう。大学生活で自らの舞踏や歌劇に磨きをかけ、観客を魅了する。非常に尊敬にできる人々であった。
いつの時代も肉欲は存在し、人々はその沼に溺れていく。私とて例外ではなく、今宵も酒と女人にうつつを抜かすのであろうか。ビアホールでは、際限もない音楽が鳴り響き、人々の歓声、奇声、笑い声が絶えない。誰しもがしたたか酔っていたのだ。人生は常に何かに酔っていなければならない。そうしなければ…。この世の中、生き抜くことは、非常に困難になるのではないだろうか。
魅惑の美女が次々に登場する。このようなカラクリで男たちは歓喜し、ビアホールに、美女たちに金銭が落ちていく。そうして男たちは、自尊心と承認欲求を死守し、さらなる貧しさへと転落していく。しかし、この底辺感がやめられないのだ。中毒の嵐、肉欲の巣窟と化したこのビアホール。ハノイ各地に設置された慰安の聖域。誰しもが、誰しもが。
何も美女だけではない。男衆も楽器やダンスを駆使し、観衆を虜にしていく。だが、顧客の大半は同姓となっているため、落としていく金は雀の涙だろうか。だが、活気にあふれた男の舞台。注目を集め、ハノイの夜をさらに繁盛させていく。
歓声の高まりとともに、美姫の露出も過激になっていく。漢共の目がギラつき始め、まさに獲物を追う、猛獣のような勢いとなる。男女の駆け引きが加速し、皆が己の欲望に突き進む。もう止めることはできない。全てが欲望を中心に回っていく。ここが肉欲の渦中なのだ。
酒が興奮を呼び込み、判断を鈍らせ、財布を開放する。札束が宙を舞い、暗闇を照らすために、札束に火をつける。???「どうだ、これで明るくなっただろう?」。美女の鎖が男たちをがんじがらめにし、肉欲という名の十字架に磔にする。しかし、懺悔の気配もなく、原罪の風船は膨らんでいく。肉欲の風船は膨張し、サピエンスを空へと誘う。夢にまで見た、空中浮遊。美女とともに空高く舞い上がる。
振り乱れる舞台の踊り子達。強靭な肉体と誘惑する歌声。この二重奏で皆が蹂躙される。まさに戦場を駆け抜ける国士無双。ベトナムの地に舞い降りた殺戮の天使。いや、悪魔の化身だろうか。だが、善悪の定義が消滅してしまえば、天使も悪魔もない。サピエンスが地上の神となる。創造と破壊を司る化身となり、全てを飲み込む大海となる。
更けていく夜とともに、男女は街に消え、酔いは覚めようとしている。だが、人生の陶酔は尽きることはない。これが、連日連夜、行われ熱狂と肉欲の底に突き進んでいく。これこそ人生の快楽だろうか。肉に溺れし、悪人を、誰が裁くというのだろうか。善悪を備えた無法地帯に。
まだ1日目というのにこの活動力。ベトナムはまだまだ奥が深い。たっぷりと味わい尽くしてやる。奈落の底に、自ら落ちていくのだ。底には底の宝が眠っているはずだ。
https://vietnam.travel/jp ベトナム政府観光局HP